あなたのためなら、この手を血に染めることも厭わない。





魔女二人の戦いを離れたところから見ていたルシファーは、知らずごくりと喉を鳴らした。
近づけない。近づこうという思考にすら至らない。ここから一歩でも踏み出したなら巻き込まれて死ねる。予感ではなく確信だった。
死を確信させる程の、激しい魔力の衝突。

天から無数の槍が降り注ぎ、地からは巨塔が生えそれを防ぐ。
神々の武具が牽制し合い、神話の獣が喉笛を貪り合う。
永久に続くかとも思われた戦いではあったが、徐々に先代ベアトリーチェのほうへと天秤が傾きはじめる。
弟子の手の内を知り尽くし、かつ彼女よりも長い時を生きた師の経験勝ち、とでも言ったらいいのだろうか。
ベアトリーチェの繰り出す攻撃に、彼女は実に的確に対処してみせた。
攻撃が通らない。ベアトリーチェのその焦りが、ほんの僅かな綻びを生む。その小さなヒビが、けれど致命傷であった。
ベアトリーチェの放った閃光を掻い潜った銀の魔女が、歌うように叫ぶ。高らかに、高らかに。
「チェックメイトです、ベアトリーチェ!」
その眼差しにも似た蒼き神槍を、がら空きのベアトリーチェの懐へと叩き込む!
「ベアトリーチェ様ぁあッ!!」
ルシファー達の悲痛な声が木霊するのと、ベアトリーチェの身体が巨大な槍によって無残にも地に縫いとめられたのはほぼ同時のことであった。

「…勝負ありましたね、ベアトリーチェ。我が名と無限の魔女の称号は返してもらいますよ。…戦人君には、継がせません。」
先代ベアトリーチェが柔らかく、けれどはっきりと言い放つ。
そうしてそれを実行しようと、槍に貫かれたベアトリーチェの元へ一歩を踏み出したところで、気付く。
血に濡れた彼女がそれでも、にやにやと不気味に顔を歪めて笑っていることに。
ごぷりと多量の血を吐き出しながらも、ベアトリーチェはまるで勝ち誇っているかのごとく哄笑する。
「…何がおかしいのです。」
「く、くく、くひひひひ、きぃやっはっははははははぁあッ!!…お師匠様ァ!アンタ一つ大事なことを忘れてるぜぇえ!!」
何を負け惜しみを、と口を開こうとしたところで。彼女の身体をどん、と鈍い衝撃が襲う。
瞬きの後に、そっと、視線を下へ向けると、腹から太刀が生えている。血を吸って尚、眩く輝く黄金の大剣が。


「…子は親の為なら、何だって出来るって事をだよ。」


耳元で擽るように囁かれる。小さな小さな、半ば吐息混じりの声ではあったけれど、それは確かに彼女の耳へ届く。
振り返れずとも、彼が嗤っているのが分かる。…きっと、漆黒の目を細めて、形の良い口を吊り上げて。
「……ば、ばとら、くん、あなた…ッ!」
「悪ぃな、先代サマ。」
謝罪は形だけ。今にも笑い出しそうな声音であった。
ずるりと気遣いの欠片も無く乱雑に刃を引き抜かれて、支えを失った銀の魔女の身体は砂の城のように頽(くずお)れる。
もう戦人は、彼女には見向きもしなかった。真っ直ぐに、真っ直ぐに歩を進め、槍から開放された母の身体を抱きしめる。
どちらからともなく、引き寄せられるように口付けを交わす。深く、深く、どこまでも溶け合おうとするかのように。
「だいじょぶか、ベアト。」
ようやっと口を離した戦人が、母をきつく抱き締めたまま問いかける。
「うむ。心配をかけたな。…まだお師匠様に正攻法では勝てぬか。全く魔法は、奥が深い。」
ベアトリーチェも我が子の頭を抱いたままで、答える。あやすように、赤い髪を撫ぜながら。
「おめでとう。おめでとう戦人。我らの旅は、これにて終わる。」
「ああ。今こそ開こう。黄金郷への、扉を。」
「まぁ待て戦人。…その前に。」
そこで一旦言葉を区切って。ベアトリーチェは両の手で、戦人の頬を包み込む。
言葉を待つ戦人に彼女は優しく、優しく微笑みかけて。





「そなたの願いを叶えにいこう。妾がまだ叶えていなかった、そなたの一番の望みを。」





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