安らかに眠れ、我が最愛の、





屋敷の玄関ホールまで逃げ延びた留弗夫達を待ち受けていたのは、異様な光景であった。
幾匹もの黄金に輝く蝶が、屋敷を埋め尽くさんばかりに飛び回っている。
朝から続いた連続殺人。猟奇殺人。挙句の果てに幻覚のような景色。…誰もが、絶句した。
「旅が終わったんだね、ベアトリーチェ。」
恍惚とした娘の呟きに、楼座が思わず後ずさる。彼女だけではない。留弗夫も霧江も幼い縁寿ですらも、
真里亞の不気味な笑みに違和感を覚えずにはいられない。
「導いて…!今こそ真里亞を、黄金郷へ…!」
その言葉に応えるように、掲げられた肖像画の前に蝶が集い始める。
それらが段々と人の形を成してゆき、一際強く輝いた次の瞬間。…そこには、正に肖像画に描かれたままの女性の姿があった。
「どうなってやがるんだ…まさか、本当に、魔女が”い”るってのか…!?お前が、ベアトリーチェだとでもいうのか…!」
銃を向けても動じることなく、薄く微笑むだけ。揺らぐことのないその笑みは、美しいにも関わらず酷く恐ろしい。
「残念ながらその名は既に妾のものではない。…まぁ、あやつは今まで通りで良いと言っておったから、そうだと答えても別段、
 問題は無いのだろうが。」
肩を微かに震わせながらくつくつと嗤う魔女に、頭の何処かで何かが切れる。ぶちりと、荒々しい音を立てて。
引き金を引くのに、戸惑いはどこにもなかった。ただただ目の前の幻想を消し去りたいと、その一心で。

重い、破裂音。銃弾が人の身体を突き抜けた音。…けれど、どうして、その音が。目の前の魔女ではなく、背後から聞こえてくるのか!?
恐る恐る、後ろを振り返ると。楼座が頭から血を流して倒れている。
いや、血を流して、なんてもんじゃない。顔面が半分吹き飛んで、中身が、どろどろどろどろどろどろとめどなく零れだして…!
「ベアトリーチェに銃なんて無意味だよ。きひひひひひ、馬鹿な伯父さん。」
「どうする?まだ撃ってみるか?次は誰に当ててやろうかなぁああぁ!?うっひゃははっはははぁ!!」
神経を逆撫でされるような高笑いに、思わず留弗夫は引き金を再び引いてしまう。だって、その選択肢しか思い浮かばないから。
嗤い続ける魔女を幻想として葬り去る手段が、他に、見つからないから。でもでもそれは全くの間違い。見当違いもいいところ。
ベアトリーチェに向かっていった筈の銃弾は、やはり今度も彼女へは届かない。
彼女が一振り、煙管を振るうと、本来直線運動しかしない銃弾は脳味噌をぐちゃぐちゃに弄られて発狂したかのように壁を、床を飛び回り始める。
めちゃくちゃな弾道が無慈悲に、そして次々に命を奪う。最初が真里亞、次に縁寿、最後に霧江。
そうして呆然と立ち尽くす留弗夫の眉間を貫くかと思ったその瞬間、弾は力を失いあっけなく床に落ちる。
こぉん、と弾が床を叩く音が、とてもとても、滑稽だった。

もう留弗夫は、銃を構えてはいなかった。全身を虚脱感がゆっくりと浸してゆく。
「…俺を殺すんじゃねぇのかい、魔女サマよぉ。」
「勿論だとも。”第9の晩に魔女は蘇り、誰も生き残れはしない”。…だが、そなたに裁きを下す者は他におる。」
その言葉に、顔を上げると。血とは違う鮮烈な赤が目に入って、留弗夫は無意識のうちに目を瞠った。
赤い髪に、真っ黒な瞳。それよりも少し明るい黒のスーツに、舞う蝶が集まり出来たかのような黄金に輝く大剣。
有り得る筈がない。けれど、口の端から覗く八重歯とその笑い方に、確信する。
「お前………戦人か。」
「こりゃ驚いたぜ。アンタは絶対に、気付かないと思ってた。」
剣を留弗夫の首に突きつけながら、戦人が笑う。彼が少し手を動かせば、この儀式は、狂った夜は終わりを告げる。
けれど留弗夫の表情は、先程までの絶望とは打って変わって安堵に満ちていた。
「やれよ。」
「…………。」
「お前が生きてるって分かっただけで。踏ん切りもつくってもんだ。」



…あれ。俺は、どうしたかったんだっけ。
剣を突きつけてるんだから、この男を殺すつもりだった筈なんだ。でも、あれ、本当に、それが、俺の、一番の…願い?
本当は、どうしたかった?どうされたかった??どうして?どうして、こんなにも、胸が痛い?視界がぼやけているのは、どうして?
「……っ、っ、あ…!」
「…戦人。」
ベアトの声が聞こえる。そうだ、ベアトが愛してくれるんだから、こんな奴いらないじゃないか。―――だから、早く、この手を、…この手、を。
「泣くなよ、戦人。」
「…!っ、う、あああああぁぁあっ!うわああぁあああぁぁああぁぁ!!!」










惨劇も何もかもなかったかのように、嵐が全てを奪い去る。
うみねこのなく頃に、生き残れたものはなし。





end





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