第2部





第8楽章:





赤い花弁と、白い月。





「音がしたと思ったら…。全く、ひどい有様だね、ユト?」
今彼女の部屋に元のまま配置されているものといえば、ベッドと本棚ぐらいのものだ。
椅子もテーブルも引き倒され、無残にも花瓶は割れていた。テーブルをひっくり返した時に落ちたのだろう。
ぶち撒けられた赤い花がまるで引き摺り出されたハラワタのようだ。
そんな惨状の中、ユトは必死に何かから逃れようと部屋の隅に身を寄せ、頭を抱えてうずくまっていた。
「可哀想に。…怖い夢でも、見たのかい?」
人を宥めるのにはあまりに似つかわしくない、嬉しそうな声音。
常ならすぐに反発しそうなそれにも、ユトは反応しない。…ここまでひどい発作は久しぶりだ。
「何があったの、ユト?大丈夫だよ。今夜は満月じゃないだろう?」
腕に小柄な体躯を抱きこんで滑らかな栗毛の髪を梳いてやると、ユトはヴァルツェの腕にしがみ付いて。
「…あ、かい…スイートピー…」
「スイートピー?」
「あの、日…かあさまの、へやに、あった…!あかい、はな…!!」
なるほど、とヴァルツェは心の中だけで独り言ちる。両親の墓参りに行って神経が過敏になっているところに6年前の事件の記憶に直接結びつくものが目の前にあり、それで錯乱状態に陥ってしまったのだろう。
「と、さまも…かあさま、も!わたし、が…。だいじな、もの、なのに!」
しゃくりあげる彼女に笑みすら浮かべて、ヴァルツェは残酷に慰める。
「違うよ、ユト。まぁ確かに殺したのはユトだけど、それがユトにはいらないものだったからだよ。」
「いらなくなんてない…!だいじなもの…!!」
首が取れそうになるくらいに頭を振って否定するユトに、なら、と。…ヴァルツェは彼女の手を己の首へと導いた。
「なら、殺してみればいい。」
「―――っつ!!」
掌に指先に感じる脈動にユトが引き攣った声を上げる。導かれるまま手を宛がいけれどそれ以上の力は入らない。ひくりと哀れに指が震えた。
「…絞められない、だろう?」
ヴァルツェが手を放すと、彼女の手はずるりと力なく落ちた。目を見開いて放心するユトにやはり彼は笑んだまま。
「ユトが俺のこと、本当に憎くて殺したいって思ってるなら…何で今俺の首を絞められなかったんだろうね?
―――本当は…俺が必要だって、思ってるからじゃ、ないのかな?」
「ち、が…っん!」
それでもまだ否定する彼女の口を、聞きたくないという台詞の代わりに己の口で塞いでやる。
驚きのあまりに、だろうか。意外にも反抗は返ってこなかった。
…ゆっくりと、口を離して。至近距離で彼女の瞳を覗き込む。こんなに近いのに、どこを見ているのか分からないその翡翠。
美しさと喜びで溢れていた彼女の瞳を、こんなにも暗いものにしてしまったのは紛れもなく自分自身だ。
しかしその事に、一片の後悔もありはしない。

「ねぇ、もう諦めなよ、ユト。どんなにあがいたって…結末(クラウズラ)はたった一つしか、
君には用意されてないんだから。」


涙がぱたりと一筋落ちて、音もなく絨毯に消えていった。





第2部   終止



第3部  第1楽章:アッファンノーソ/affannoso



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(改訂:2011.09.04)





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