第2部
第7楽章:シンティッランテ/scintillante
それは永遠の、平行線。
「こうしてユトちゃんは自分の手で実の両親を殺してしまいましたとさ。めでたしめでたし。」
「めでたしじゃねーだろ…。」
気まずそうに頭をがしがしと掻き軽い溜息。いつも陽気な彼は表情を曇らせることすら珍しい。
「…いや…全く、ユトっちも大変な奴に好かれちまったもんだな…。」
それだけなんとか絞り出すように言ってまた黙り込む。何と言っていいか分からないのだろう。
ああ、何て至極真っ当な反応だろうか。
「なぁ。」
「なぁに?」
「あんたは。…止めなかったのかよ。大将のことを。”シャペル”にいたんだろ?」
その問いに。アイスは口の端を大仰に吊り上げた。それまでの笑みとは根本的に何かが違う。
氷に触れるとあまりの冷たさに痛みしか感じないような。何かを超越した、笑みだった。
「どうして、止める必要があるの?」
「………、は、ぁ?」
「止める必要が、どこに、あるの?」
いっそ美しいと思えるほどの笑みを微塵も崩さずアイスは問いに問いで返す。
眼差しが異様なほどに真剣そのもので、だからディスはいつもの彼女の悪ふざけではないのだと。
本気の本気で心の底から言っているのだと、否応なしに理解してしまう。
「…親殺しってあんま気持ちのいいもんじゃねぇだろ。そりゃ上に逆らうのは褒められたことじゃねェけど。
いや、………けどさ………。」
「ディス。貴方は一番大切なことを解ってないわ。」
アイスの形の良い唇に乗せられている笑みには微かな哀れみが含まれていた。
知らないことへの?これから知ってしまうことへの?ああ、それはきっとどちらも可哀相。
世の中には知らなくていいことなんて掃いて捨てるほどある。その中でも一際腐ったこの深淵へ手をかける貴方にはやはりこの言葉が相応しい。可哀相に。
「”奏者”にはね。…”操者”がいればいいの。」
「だからユトちゃんにはヴァルツェ一人がいればいい。両親?邪魔なだけだわ。」
「ッ、てめぇ…!何でてめぇにそんな事が言えるんだよ!!」」
事も無げに言い切ったアイスに一瞬で血が昇った。笑顔のままで、こいつは、何てことを言うのか。
冷たく、冷たく澄み渡る笑みのまま。アイスは言葉を継ぐ。
「…だって、私も”奏者”だもの。」
「…っ、はぁ!?」
想定外の返答に裏返った声が出た。緑と青のちぐはぐな瞳が優しく細められた。
「あんたが、…”奏者”?だとしても、あんたの”操者”は?」
「言ったじゃない。私は千年前からずっと、”シャペル”にいた、って。…私の”操者”はティラナ・セクエンツィア。私は生き残りよ。ティラナが従えた魔物たちの、最後の一匹。」
幼子に読み聞かせるようにして言われたその言葉にパズルがかちりと嵌ったような感覚。
人ではないと。己と同じ価値観では計れないのだと。それだけで今まで彼女に抱いていたたくさんの疑問や不満が氷解するようだった。
いや、それは許すというよりは、諦観。
「だから貴方にはわからない。”奏者”が歌に縛られることがどれだけ幸福なことか。」
「…いいっスよ、俺は。…分からないままで。」
若干力のないディスの言葉に、アイスは明るく、きらめくように(シンティッランテ)笑った。
「それでいいのよ…人間はね。他人を求め…繋いでおきたいと願う気持ち。その行き過ぎた想いの果てに生まれたのが…“操曲”なのだから。」
→第2部 第8楽章:クラウズラ/clausula
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(改訂:2011.08.24)