ひとりぼっちのきみたちへ。
phase01
ヴァレリア屈指の大国、ルーンベール。
その王城に、彼はいた。
あの仮面が何のつもりでこの国にやってきたのか、シオンには見当も付かない。
ただ漠然と、良くないことなのだろうなと、思う。
全てが、遠い。
母を取り戻したいという一心で受けてしまった取り引き。
だけれどこれは、世界中の人から裏切り者扱いされるような、醜い決断ではないのか?
(そんなこと、言われなくても分かってる…。)
でも、それでも、ぼくは。
宿主の名前―――ゼノヴィアではなくアスクレイを名乗った仮面は、
いともたやすく王族…特に第二王子の信頼を得てしまった。
あの恰好では信じる奴なんていないのでは…と考えていたけれど、
四勇者のエピソードを二つ三つ語っただけで、仮面はガラハッド王子を手懐けてしまったのだった。
事態が動いたのは、それから4日が過ぎた頃。
シオンは仮面とガラハッドが動く直前になって、彼らの企みを知ることとなった。
端的に言えば、彼らはこの国を乗っ取ろうとしていたのだ。
自分の予想を遥かに越えた彼らの行動に、シオンは蒼白になった。
次いで、誰かに知らせなければと思い至る。
けれど、誰に?そして、誰かに伝えたところで、状況を打破できるのか?
必死に思考を巡らすシオンの脳裏に浮かんだのは、ルーンベールの姫君。
謁見の歳に一人だけ仮面に不審の目を向けていた、彼女の姿だった。
気配を感じて、アイラは本から視線を上げた。
…殺気は感じない。けれど用心のために、愛用の杖を手に問う。
「何奴だ、」
「…無礼をお許しください、アイラ王女。」
声はテラスから聞こえてきた。
ごく最近、聞いたことがあるような気がする。…しかし、どこでだったか?
「しかし、時間がないのです。逃げてください、今すぐに。」
「どういうこと?」
杖に込める魔力はそのままに、アイラはテラスへと続く窓を開け放った。
視線を巡らすと、一人の少年の姿があった。
「あなたは…確か、アスクレイ様と一緒にいらした…。」
その言葉に、少年はゆるゆると首を振り。
「あれは、アスクレイじゃない。もっと邪悪な…この世界にとって、害でしかないものだ。
…魔術の道に造詣が深い貴方なら、分かるのではないですか?」
「確かに、彼の魔力は普通じゃなかったけど…。」
その言葉尻を継ぐかのように、部屋の扉がノックされた。
『姉さん?』
聞きなれた、弟の声。そしてその傍らに感じる、禍々しい魔力。
隣の少年の表情が、一瞬にして強張った。
そして、紐に通して首から下げていた二つの指輪を外し強引に、手に握らせた。
「あの2人が何をするつもりなのか…ぼくには見当もつかない。けれどきっと、大変なことが起こる。
―――お願いです。…早く、逃げてください。」
『姉さん?…寝てるのかい?』
茶と紅の瞳が交差する。
一瞬の葛藤の後、アイラは小さく頷いた。
この少年は、恐らく嘘は言っていない。
…見極めなければ。アスクレイがその身に宿す、邪悪な魔力の意味を。
(そしてそれがルーンベールに仇なすものであれば…。)
闇夜に消えていく銀髪。
月明かりに僅かに反射するその色を、シオンは見えなくなるまで…
否、見えなくなっても、みつめていた。
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