ひとりぼっちのきみたちへ。
phase 09
知っているのは、ひとつだけ。
仮面との戦いから撤退したその晩。マオの姿は勇者亭の屋根の上にあった。今日は、いい星空だ。
散らばる星々の中から見知った星座を見つけてみたり、或いはでたらめに繋いでみたり。
けれど満天の星空を見上げるマオの表情は、星ひとつ無い曇天だった。
「お前の言ってた”気になる奴”ってのは、アイツか?」
唐突に掛けられた言葉に、マオは振り向かず答える。
「…うん。」
短い肯定には、ありったけの苦汁が滲んでいた。
はぁ、と溜息をひとつ落としてから、マオは漸く振り返る。
「屋根踏み抜いても知らないよ、ダンチョー。」
「そんなアホなことするわけねぇだろう。エルウィンじゃああるまいし。」
軽口を軽口で返し、ヴォルグはマオの隣へ歩みを進めた。
銀の毛並みが、月光を受けて更に輝く。
さやりさやりとそよ風が、まるでそれ自体が発光しているかのような銀の毛先を擽って消えてゆく。
「アイツは何者なんだ。」
「そんなの、アタシが聞きたいよ…。」
静かな二つの呟きも、そよ風を追うように夜空に溶けていく。
「名前も知らないもん。ホントだよ。スパイやってた頃、何度もルーンガイストの本陣行ったけど、
会ったのは二回だけだし。」
その二回すら、五分にも満たない短い邂逅。
お互い、覚えているのが不思議なくらいの。そんな希薄な接点しか、二人にはない。
けれど、少なくとも、彼がマオの印象にこうも残っているのは。
「アタシ、あの子のこと何にも知らないけど。でも一つだけ、これだけは、分かることがあるよ。」
「うん?」
「あの子も、アタシと同じなんだ。」
マオの言葉にヴォルグは少年の容姿を脳裏に浮かべて、それから怪訝そうに問うた。
「ビーストクォーターってことか?」
「うぅん、違くて。そうゆうのじゃなくて。」
ゆるゆると首を振りながら、マオは静かに答えを吐き出した。
「ひとりぼっちだ、ってこと。」
変わらず星空を見上げ続けるその仕草は、どこか、涙を零れさせまいとしているようにも、見えた。
「アタシは、もう、ひとりぼっちじゃなくて。それを信じさせてくれたのは、あの子があの時、声をかけてくれたからで。」
”きみは。…それで、いいの?”あの言葉がなければ、手にしていた繋がりすら壊してしまうところだった。
あの子が、アタシを、繋いでくれた。ひとりぼっちだったこの手に差し伸べられている手があることを、教えてくれた。
「だから、今度は、アタシが繋いであげたいの。」
しっかりとした音をもって紡がれた言霊に、ヴォルグは、そうか、とだけ言い、どこか満足そうに踵を返す。
しばらく空を見つめ…それからマオも立ち上がる。一度目を閉じ、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
そうして開かれた瞳には、星にも負けない輝きが、確かに在った。
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