どうぞ楽しんで、この悪夢を。





目を開ける。途端飛び込んできた白に強烈な違和感を覚え身体を起こそうとしてできなかった。痺れの残る指先。身体を侵す倦怠感。
それでもなんとか状況を把握しようとして目だけで周囲を伺う。
円柱状の白い部屋。同じ白い色のクッションがたくさん散らばるだけで家具の類はなかった。
自分の下にあるものもそのクッションなのだろうと戦人は考える。重い身体は柔らかい白の海にどこまでも沈んでいってしまいそうだった。
見える範囲にドアも窓もない。閉塞感に軽く眩暈を覚え目を閉じる。
夢かもしれない。きっとこれは悪い夢。また目が覚めたら屋敷で寝ているに違いない。そう考え意識を落とそうとして。
前髪を梳く手の感覚とくつくつという至極楽しそうな声に慌てて目を開けた。
「っ、な、あ、」
ついさっきまで誰も”い”なかったはずなのに。まるで添い寝でもするかのようにあの女が”い”た。
薔薇庭園で見たあのドレスではなく艶かしい夜着を纏ってはいたがそれで見間違える筈もない。
混乱する戦人ににんまりと満足そうに笑んで。髪を梳く手つきは酷く甘ったるい。
「あんた、……だれ、」
「ベアトリーチェ。」
「ベアト…リーチェ………?」
恐る恐る反芻する戦人にそう、と女は優しく囁いた。そなたはそれだけ覚えておればよい、と。
「言葉はいらぬ。記憶もいらぬ。そなたは永遠に此処で妾の名だけを呼んでおればよい。」
「な、んだよそれ、どういう意味、」
ベアトリーチェと名乗った女はまた喉の奥で笑った。楽しそうに。楽しそうに。
腕の中に閉じ込めるように覆い被さる。縮められた距離が恐ろしく顔を背けると待っていましたとばかりに首筋に顔を埋められた。
肌に当たる吐息に全身が粟立つ。
「理解もいらぬ。…いや、その内分かる、か?くっくくくく、」
耳に流し込まれた言葉が気持ち悪い。耳朶をべろりと舐められて掠れた悲鳴が戦人の口から漏れた。
「放っておくとそなたは忘れてしまう。そうして千年の別離が、妾を生む。」
「…意味が、…分からない、」
彼がベアトリーチェの言葉を理解することはないだろう。”今の”彼にベアトリーチェなる人物は存在しない。
そしておそらくは千年を経ても、きっと。
額に落とされた唇が滑り米神へ。頬へ。首筋へ。身動ぎしようとする間にシャツのボタンがひとつふたつと外されていくのに気付いて、
慌てて制止の声を上げたがそれで魔女を止められるわけがなかった。鎖骨に歯を立てられて身体が震える。
食べられる。そう思った。

恐怖に染まった黒の瞳に、ベアトリーチェは口の端を吊り上げた。
「なァに。妾なしではいられぬようにしてやると、それだけのことよ。」





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(2011.08.19)





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