だからこそ、私は繰り返す。





「…戦人。」
名を呼ぶと恐る恐る顔を上げた。平静を装いつつも此方を見上げてくるが隠しきれていない。その瞳の奥の、動揺を。
椅子に座る自分と、床に跪く弟。これを他人が見たらどう思うだろう。悪態が過ぎた弟を叱っている良い兄だと映るだろうか。
ああ、ああ、全く馬鹿げている。
誰も本当の彼を知らない。繊細で傷つきやすいけれど、それを軽薄な態度で誤魔化す彼を知らない。
誰も本当の私を知らない。どうしようもなく狡猾で卑怯で、それを笑顔で誤魔化す私を知らない。
否、彼を知るのは私だけでいい。私を知るのも彼だけでいい。
いっそのこと、世界が二人きりであればいいのにと、何度思ったか知れない。けれどそれは叶わない。
この世界にはゼロが9個も並ぶ勢いで人がひしめき合っていて、いつ誰にこの大切な弟を連れていかれるか分からない。
ずっと傍にいてくれればいいのだけれど、彼はいくつになってもやんちゃで、そして不運なことに私は生まれつきに身体が弱い。
だから彼によくよく言い聞かせてあげなければいけないのだ。自分が誰のものなのか。

「戦人。あなたは誰のために生きていますか?」
「………十八の、ため。」
「声が小さいですよ?昔は笑顔で元気に答えてくれたのに。…最近、ずっとそうですよね。」
悲しそうに言ってやると、戸惑うように視線を逸らす。膝に置かれた手が握り締められるのが見えた。
俯いたまま静かに、静かに、戦人が呟く。
「なぁ。もう、やめないか…これ…。」
「これ、とは?」
頭に手を置くと、びくりと音がしそうなくらいに、大袈裟に彼の身体が跳ねた。まるでぶたれるのかと怖がる幼子のよう。
そんなことはしないのに。大切な弟に手を上げるなんてどうして出来るだろう。
落ち着かせるように、頭を優しく撫でる。それでも彼は、未だ俯いたまま。
「毎晩、こんなこと言わなくたって…俺はちゃんと十八のこと、大切に思ってる………それじゃ…駄目、なのか…?」
「駄目です。」
間髪入れずきっぱりと言い返すと、ますますに項垂れてしまう。でも彼のためなのだから、ちゃんと言ってあげないと。


これを始めたのはいつだったろうか。小学生に上がってからだったと思う。
誰のために生きているかと問いかけ、私のためだと返させる。我ながら苦笑する。まるで雛鳥の刷り込みだ。
それから、ずっと、毎日。
晴れの日も雨の日も雪の日も嵐の日も。遠足で疲れている日も。彼が珍しく風邪を引いて朦朧としていた日も。
母親が死んだ日さえ繰り返した。そして手を取り合って家を出た日も。…それからも、ずっと。ずっと、ずっと、毎日。
日が落ちて、世界が眠りに落ちる前に、繰り返す。明日という未知がやってくる前に釘を刺す。
彼が、明日出会うどこかの誰かの手を取ってしまわないように。間違って私の手を離してしまわないように。

「私は臆病だから、戦人の口からちゃんと聞きたいんです。戦人が明日も明後日も明々後日もずっと、私の傍にいてくれると。」
「…十八、」
頬を両手で包んで顔を上げさせる。どこか泣きそうな表情を、していた。
「戦人の言葉だけが、私を生かせるんです。」
否きっと、言葉だけじゃない。戦人の表情の一つ一つが、手から伝わる戦人の体温が、彼の存在そのものが、自分の生きる糧。
彼の為に生き、彼の為に死にたい。
ねぇ、分かりますか戦人。私は、あなたのことが大好きなんです。
「だから、答えてください、戦人。」



「あなたは誰のために生きていますか?」





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あとがき。

朝起きたら声が聞こえた。「神は言っている、双子で兄がヤンデレverを書けと―――」
俺は何も悪くない、天からの啓示に従ったまでだ

(2011.01.23)





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