安らかに眠れ、我が最愛の魔女、ベアトリーチェ。





戦人の手が、黒い棺を撫でる。優しく、優しく。『彼女』の髪を梳くように。
豪奢な飾り彫りの施された棺は、体温も、『彼女』が纏っていた香水の香りも、伝えてはくれない。
だから不意に戦人はその黒い箱を開きたくなる衝動に襲われた。
耐え難い飢えにも似たその感覚を、深呼吸して何とかやり過ごす。かつて己が『彼女』に言ったことだ。死者は起こすな。眠らせろ。
だから『彼女』は。眠っていなければ。ただただ、安らかに、安らかに。

「………ごめんな、ベアト。」
「謝らないでください。…きっと、あの子の望んだ最期だった筈です。」
『二人』を見守るようにして控えていたワルギリアが、常と変わらず静かな声で返す。
静寂が支配する大聖堂に、その声は染み渡るように響いた。
彼女の凛とした声を聞くのも、これできっと最後になるだろう。思えば彼女には世話になり通しだった。
「今までありがとうな、ワルギリア。」
棺に向ける眼差しはそのままに、ぽつりと戦人が言う。
「礼を言われるようなことは、何も。」
目を閉じて、涼やかな声をしっかりと耳に焼き付ける。ありがとう、ともう一度心の中で呟いて、戦人は棺から手を離した。
そうして、彼の左手薬指に光る指輪を、ゆっくりと、抜き取る。外した指輪を一瞥してから、彼はそれを棺の上に置いた。
(俺は、行かなきゃならない。)
(そして二度と、戻らない。)
(けど、俺とお前は、永遠に、ずっと…、一緒だ。)
(だから。)


―――心だけは、此処に置いていく。



「…後を頼む。」
言うなり『彼女』を置いて歩み去る戦人の背をワルギリアの声が追う。
「どちらへ?」
「…俺の罪を、償いに。」
言葉を紡ぐ間にも、彼の歩みは止まらない。大聖堂を真っ直ぐに、墓場から、地獄へ。
先のゲームで『彼女』が駆けぬけた道を、逆走する。赤絨毯を踏みしめて、死出への旅路を魔女がゆく。
血の川にも似たその道のりを終え、彼は扉の前に立つ。こつり、と靴が床を叩く冷たい音が、地獄への入り口に響いて消えた。
「きっとあの性悪魔女なら、俺を殺してくれる。俺が思いもつかないような最低最悪の方法で辱めて、辱めて、辱めぬいて、
 陵辱しつくした後に、…殺してくれる。」
彼は振り返らなかったので表情は見えないが、その声音には嬉々としたものが滲んでいるように感じられた。
「戦人くんの贖罪はそうしてでしか完成しない、と?」
ベアトリーチェがそれを望んでいるとでもいうのか。暗にそう問いかけるワルギリアに、彼から返ってくるのはやはり、肯定。
いっひっひ、と彼独特のくぐもった笑い声が零れた。
「俺は無能だからさ。このぐらいしか、思いつかねぇんだよ。」
「戦人くん、」
何事か言いかけたワルギリアを手で制す。だって、おそらく彼自身、痛いくらいに分かっていることだろうから。
彼がこれからしようとしていることがベアトリーチェへの贖罪たりえないことくらい、分かっているだろうから。
「…酷ぇ自己満足だよな。でもさ、ほんとにこれしか、思いつかなかったんだ。」
戦人が扉に手をかける。ぎぃい、と耳障りな音を立てて荘厳な扉が道を開けた。まるで死ににゆく魔女を、祝福するかのように。


「………じゃあな。」
地獄への門が、魔女の姿を飲み込んでゆく。
彼はついに、振り返ることをしなかった。





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あとがき。

スクショから妄想した。書いてて泣きそうになった。まず無いと思うがこんなだったらPCぶん投げる。
いやしかし本編はいつも予想の遥か上空斜め上をぶっ飛んでいくからな。どちらにしろPCぶん投げるのかもしれない。
因みにタイトルの「サルコファガス」は石棺のこと。wiki先生で調べてて響きが気に入ったので使ってみた

(2010.07.10)





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