彼の絶望は、痛いくらいによく分かる。
私もママのことが、大好きだったから。
仮面の支配から四勇者の一人、魔女ゼノヴィア…シオンの母を救い出し。
けれどまだヴァイスリッターの戦いは終わりはしなかった。
まだ、彼が残っている。力に焦がれ、故に呑まれようとしている哀れな少年王が。
事態は急を要するが、彼らは一旦撤退せざるをえなかった。
記憶を失っていたとはいえ、自らの手で母を殺そうとしてしまったシオンはとても、戦える状態にはなかったのだ。
勇者亭の2階、マオはある部屋のドアの前で立ち尽くしていた。
この部屋の中では、彼の母が未だ昏々と眠り続けている。
そしてその傍らにはきっと、彼がいる。…憔悴しきった、顔で。
彼に告げなくてはならないことがある。
心も身体も傷ついた彼に、鞭打つようなことを。
ノックをしようと扉に手を伸ばし…できずにひっこめるのを何回か繰り返した後、
遂に彼女は意を決してその扉を開いた。
「…シオンくん。」
「……マオ。」
いつものように笑おうとしているのだろうけれど…見ている側からすれば、痛々しい以外の何物でもない、
…そんな、悲しい笑み。
ベッドの横、椅子に座る彼を後ろから抱きしめて…首筋に、顔を埋める。
顔を見たままでは、言えそうになかった。
「ダンチョーがね、明朝、夜明けとともに出撃だって伝えろって。」
「…そう。」
「時間、あげたいけど、これがギリギリだって。」
「ありがとう、マオ。…ぼくは、大丈夫だから。」
ごめんね、シルディアが大変だっていうこんな時に…と付け加えて。
どうあっても平静であろうとする彼に、怒りに近い感情すら覚える。
「泣いてよ。」
「マオ?」
「泣き顔見られるのが嫌なら、アタシ、このままでいるから。」
ぎゅ、と抱きついた腕に、力を込める。
「泣いて、いいんだよ?」
刹那、落ちた沈黙の後。
ぽつり、ぽつりと…降り始めた雨のように、シオンは口を開いた。
「たった一人の肉親なのに、どうして母さんのこと、忘れてしまえたんだろう。」
体勢はそのまま、視線だけを、未だ眠る彼の母親へと向ける。
魔女の血の成せるわざか、母親というより、年の離れた姉弟といったほうがいっそしっくりくる。
「守りたい…大切な、人なのに。」
そう言って、自分の両手を見つめるシオン。
「覚えてるんだ、この手が。仮面を…いや、母さんを殺そうとした、感覚を。」
「…シオンくん。」
それきり彼は、何も言わなかった。
…ただ、抱きついた腕に落ちる水滴だけが、全てだった。
濃紺から薄紫へ。
空の色が、出撃の時刻が迫っていることを告げる。
「…行こうか、マオ。」
「うん。」
幾分か、痛々しさの消えた背に向かって、声をかける。
「ねえ、シオンくん。今日はアタシが、指輪をはめるから。」
「…マオ?」
振り返った彼の顔には、もう涙のあとは見られない。
ううん、彼が悲しみに泣くのは、もうあれで最後にするのだ。
「一人になんてしないからね、シオンくんのこと。」
不敵な笑みを浮かべつつ決意を述べれば彼はようやくいつものようにやんわりと微笑んで。
「…ありがとう…マオ。」
世界が光を帯びてゆく。
どうか私たちの未来も、この空のように、明るいものでありますように。
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あとがき。
そんなわけでゲーム本編「漆黒の仮面」クリア後から「太古の亡霊」前までの間を妄想。
シオマオと銘打ってはいますが、実際これマオシオなんじゃなかろうか…。
シオマオでは、強気なマオさんと弱気なシオンくんが好きなので、どうしてもシオンくんが弱くなってしまうというか…。
でも、やっぱりこれぐらいのマオさんのが好みなので、今後もシオマオの皮を被ったマオシオになっていくと思います。(ええー)