彼と『彼』の。そう、此処が、境界線。
扉を開くと、そこは夜の森だった。
クララクランの世界のように、別段茨で閉ざされているというわけでもない。
夜の暗闇が不安を駆り立てるが、ゼクティの世界のように恐怖を感じさせる暗闇でもなかった。
辺りを見回してみるがこの世界の持ち主である筈の彼の姿は見当たらない。仕方なく森の奥のほうへと歩を進める。
一人きりで歩き続けて、歩き続けて、どれぐらい経った頃だろうか。唐突に、視界が開ける。
ここが御伽噺の中ならば、動物や妖精がパーティでも開いていそうな。広場のような場所だった。
しかしここは御伽噺ではなく、彼の心象世界。故に、そこにいたのは。
「…ゼロ?」
呼びかける声が疑問系になってしまったのは、後姿だからというだけでは、多分ない。
―――雰囲気が、違う。
そして彼が振り返ったことで、その違和感は決定的なものになった。
「えっと。ゼロじゃない…よね?」
「どうだろう。ぼくはとても曖昧な存在なんだ。全てを知ってしまえばぼくはシオンでいられない。けれど此処はシオンの領域で、
故にぼくはシオンとして此処にいる。」
彼の話は酷く抽象的だったが、これまで彼から聞いた話を基に、仮説を立てる。
つまり此処は、ゼロがゼロになる前の心象風景なのではないか…?
すると彼はこちらの心を読み取ったかのように、疑問に対する答えを返してきた。
「うん。限りなく正解に近い。いや、正解と言ってしまっていい。…此処は。シオンが、ゼロとして覚醒した場所だよ。」
微かに笑みすらうかべながら告げられた言葉は、しかしどうしようもなく、重い。
此処で彼は、大切な仲間を、そして自分自身をも、失った。
呆然とする己に、ゼロは、否、シオンは少し困ったように笑う。躊躇いがちな、けれど柔らかな笑みだった。
「そんなに、心配しないでいいよ。きみのおかげで、彼は色々なものを取り戻せてる。」
「そう、かな。…そうだと、いいんだけど。」
壁を取り払うような優しい表情に、つられて自分の顔も笑顔になっているのが分かる。
ヴァイスリッターの面々が懸命にゼロを追いかける理由が、なんとなく分かった気がした。
「…ぼくが言うのも変な話だけど。彼を、よろしく。全部を取り戻したからといって、彼はぼくには戻れないけど…それでも、
一人よりは、きっといい。ゼロボロスの力に抗ってる彼にとって、それはきっと力になる筈だから。」
勿論、と返事をしようとしたところで、視界の端を白と黒の羽が舞った。
瞬きひとつの内にそれは世界を覆いつくさんとするかのように増殖し膨れ上がり舞い上がる。
「っ!?」
「どうやら彼の機嫌が悪いみたいだ。…もう会うことはないだろうけど、元気でね。」
名を呼んだつもりだが、けれど耳を劈きそうな轟音とともに世界を満たす暴風に、はたして己が声を発せられたかどうかも怪しい。
ほのかな月光も、暗い森も、相変わらず優しく微笑む彼すらも。全てがモノクロに、染まる。
そうして一瞬の後に目を開くと、そこは見知った現実世界。セイラン王城前の、霊樹の下。
振り返ると、あまり表情を出すことのない彼が、憮然とした表情で立っていた。出来ることなら触れられたくなかった心象世界なのか。
何だか気まずくて、とりあえず何か話しかけないと、と口を開こうとした絶妙のタイミングで彼は踵を返し王城の中へ戻っていってしまう。
呆然と立ちつくすキリヤは、だからぽつりと落とされたゼロの呟きを拾うことは、なかった。
「……やっぱり、きみは甘いよ。…シオン。」
プラウザバックで戻ってください。
あとがき。
唐突にゼロシオ萌えがきたのでゼロシオ書こうと思ったらよく分からない話になりました。うん、いつものことだね!
ゼロさんとシオンくんは完全に同一人物なようでそうでないところが書きがいがあるけど結局描写しきれなくて残念でならない
ところで調べてみたらセイラン王城は名前あったね。ドレイク城だった。けどどこやねんそこってなりそうだから放置。
(2010.06.24)