その日はとても、風の強い日でした。





風が吹き抜けていく度に、さやさやと草花が囁き合う声がする。
勇者亭の傍らを流れる川はいつもより、ほの暗い。風に急かされるように、追い立てられているように、シオンには見えた。
晴れているけれど、天気が悪くなるのかもしれない。漠然と、そんなことを思った。

玩ばれる髪が、耳元で音を立てて少しうっとおしい。けれどどうしてか、屋内に入ろうという気は起きなかった。
・・・不思議な、感覚。もやもやと立ち込める霧の中にいるよう。答えが、見えない。
少し考えて…けれど心当たりなんて無くて。忘れようと踵を返した、正に、その瞬間。

一際強い風が、シオンの背中を押した。


ごう、と吹き抜けていった風を呆然と見送って、そして唐突に理解する。
…懐かしい、のだ。
ゆっくりと、振り返る。いつもと変わりない、勇者小路の昼下がり。
けれどあの風に吹かれた瞬間、何かが見えなかったか?確かに別の景色を、感じた筈なのだけれど。
思い出そうとしたところで突然、肩を叩かれた。
「シオンくん?何してんの?こんなとこで。」
「っな、なんだ、マオか…びっくりさせないでよ…。」
大袈裟に跳ねてしまった肩を、少し恥ずかしく思う。いつまでたっても情けないままだなと、自嘲する。
相変わらず、指輪が無ければ何も出来ない。…それとも、記憶があれば違うのだろうか。
押し黙ったシオンを怪訝な目で見ながら、マオは再び問いかけた。
「風強いのに。何してたの?」
「風が……何だか懐かしくて。昔の事を思い出せそうな…そんな気が、したんだ。」
どこか遠い目をしながら答えた彼の隣に、そっと並ぶ。
マオの目に映るのは、いつもと変わりない風景。けれど彼の目に映るものが、必ずしも自分と同じではないと思うと、
何だか淋しかった。
途端に二人の距離がとてつもなく遠いものに思えて、マオは繋ぎとめようとするかのように、彼の服の裾を掴んだ。
「ね、シオンくん。シオンくんはさ。記憶が戻っても、アタシのこと、好きでいてくれる?」
問いに、暫く目をぱちくりさせながら考えて…そうして漸く理解したのだろう。
彼の顔が面白いくらいに真っ赤に染まった。
「いや、その…あの、分かんないけど、多分、そう、なんじゃないかな…。」
最後はもう、聞き取れるかも怪しい。もごもごとした、小声。
彼らしいなぁと、ちょっと頼りないけれど、でも安堵する。
…きっと、大丈夫。理由も確証もないけれど、何故だかそう信じられた。
「そこはビシっと、勿論だよ!って答えるトコでしょ〜?」
「ご、ごめん…。」
「いいけどね、別に。頼まれたって離さないつもりだし!」
追い討ちに、何も言えなくなってしまったシオンが、諦めるように苦笑した。マオには、敵わないや、と。
そうして二人して笑い合って。とりとめのない、けれどこれ以上ないくらい大切な、時間。

「帰ろっか。」
「うん。」
どちらからともなく繋いだ手は、とてもとても暖かいものだった。





それは、ある風の強い日のお話。





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あとがき。

ティアーズ発売5周年オメデトーというわけでシオマオでした。

設定資料集ネタバレになりますが、シオンくんがゼノヴィアママンと住んでたのは牙竜山の近くということだったので、
風とか強かったんじゃないかなという妄想。ドラマCDによれば人里離れた静かなところみたいですが。
どうなんだろう。標高高かったりするのかしら とりあえず近くに崖があるんだから高いところには違いない

俺的シオマオ萌えの全てを集約したつもりなんだ…これで精一杯のラブラブなんだぜ、この二人…。

(2009.11.03)





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