ぜんぶぜんぶ、おまえのせいだ。





「ねぇ戦人。お願いだから正直に言って。これは、なぁに?」
意識していなければ手が震え出しそうだった。否、手だけではない。全身が。心が。魂が。
自身を構築するもの全てが揺らぎそうだと明日夢は思う。
「…書いてあるとおりだけど。」
「あなたの口から聞きたいの。ね、冗談でしょう?こんなこと。ね?」
息子はこんな目をする子だったろうか。こんな、暗い目をする子だったろうか。
この子の笑顔に何度救われたか知れない。明るい言葉に何度癒されたか知れない。優しい気遣いに何度励まされたか知れない。
この世界でたった一人。愛してやまない私の子。

…それが、どうして、こんな目をしているのか。


「書いてあるとおりだよ。…親父を、ころすためにいろいろしらべてた。」
追求を避けるように視線を彷徨わせていた戦人が、ようやっと口を開く。
けれど彼の口から紡がれた言葉は明日夢の望むものではなかった。冷たい、冷たい、呪詛の言葉。
「どうして?……ね、戦人。ねぇ、どうして………?」
震える言葉で、それだけを言うのが精一杯だった。どうして。どうして。どうして?
滲みはじめた視界で、不意に戦人が微笑んだ。その、ほの暗い瞳のまま。
「だって、親父がいるから、母さんはずっと泣いてるんだろ?」
「………戦人、」
ことり、と首を傾げて戦人が笑う。大好きな筈のその笑顔が、何故だろう、物凄く、恐ろしい。
「親父がいなくなれば。…母さん、もう、かなしまなくてすむんだろ?」
もう恐ろしくて彼の顔も見れない。きつくきつく抱き締めて、遠くに行ってしまいそうな息子を繋ぎ止める。
伝わるぬくもりで、凍ってしまったような彼の心も溶かせたらいいのに。
「駄目。戦人、駄目なの。母さんはね、あなたと、お父さんと、三人で幸せになりたいの。誰が欠けても、駄目なの。」
「………。」
「だからお願い。こんなことはやめて?あなたが手を汚したって、誰も幸せになんかなれないわ。ね?」



自分の最期を悟った時に真っ先に思い出したのは、あの日のことだった。
自分がいなくなったら、二人はどうなるのだろう。
不器用なあの人は、あの子にどうやって接するのだろう。
不安定なあの子は、あの人にどうやって接するのだろう。
考えれば考えるだけ、恐ろしい。
ただただあの日のあの子の瞳が、脳裏に焼きついて離れなかった。





そこかしこですすり泣きが聞こえるその場で、そいつだけが笑みを浮かべていた。
流石に大声で笑うようなことはなかったが、その表情から悲しみは伝わってこなかったから、きっと笑っているのだろう。
母さんが白い骨だけになって出てきた時すらそいつは、眉一つ動かしはしなかったのだ。

腕の中の母を抱き締める。固く、冷たい感触だった。
いつもいつも柔らかく暖かく俺を包み込んでくれたのに、今はもうこんなちっぽけな壷でしかない。
あの日の母の言葉を思い出す。三人誰が欠けても幸せになれやしないのだと言った母の言葉を。
そうして思い出す。最後の最期までこっそりと隠れて泣いていた母の姿を。

だから。だからこそ許せない。
そいつのために心を痛め続けた人に死して尚鞭打つような『奴』の笑みが、許せない。



「………だから、殺そうっていったんだよ?母さん。」
静かな少年の呟きを、ただ彼岸の母親だけが聞いていた。










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あとがき。

ついったで某方が呟いてたネタがあまりにもはとさんホイホイだったので書いてみた。なんという40分クオリティ。
某方に加筆すればいいじゃないって言われたけどめんどいからそのまま載せる←

(10.10.24)





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