それは真っ白なカンバスに、絵の具をぶちまけるような感覚に似ていた。
初めて彼女を見た時に、嗚呼これが運命ってやつかと本気で思ったものだ。
彼女が他国の姫であることも、知恵遅れであることも大した問題ではなかった。
現に今、彼女は自分の手の中にいる。
しかし、真っ当なやり方とは到底言えなかった。
父を暗殺して王位を簒奪し、同盟関係を破棄して、彼女の国に攻め入った。
十代の親が、知恵遅れである彼女を疎ましく思っているのは知っていた。…そこに付け入らない手は無い。
『十代を渡せば、軍を引く。』
この短い一文に…やはり彼女の親は何のためらいもなく、娘を差し出した。
まぁ、もしも彼女の兄が…覇王が王位を継いでいたならば、きっとこうはいかなかっただろう。
覇王は、十代を愛している。…家族愛ではない。まごうことなき劣情だ。
けれど、双子の兄妹同士なんて!そんな不毛な関係、俺は認めない。そうさ。俺のほうが、十代を幸せにしてやれる。
後悔は無いと言えば嘘になる。けれどこうまでしなければ彼女は手に入らなかったのだから、仕様が無い。
色々なものを、切り捨てた。・・・けれど、十代が傍にいる。十分だ。それだけで、それだけが俺の望みなのだから。
『すごおく、きれいないろ!かみのけも、おめめも、すごくきれいなうみのいろ!』
『ヨハン、ヨハン。どうしたらおれはきたなくなくなるのかな。にいさまと、ヨハンと、もっとおそとであそびたいのに。』
『おれはきたないから、おへやからでちゃいけないの。かあさまがゆったんだよ。だからおれは、ヨハンのところへはいけないんだよ。』
綺麗な、とても綺麗な魂の色をしたひと。
けれどあそこにいたら、十代はその色を認めてもらえない。
器に合わない窮屈な鳥籠に閉じ込められて。そんなの幸せと言えるのか。否、言える筈が無い。
俺だったら、そんな風にはしない。俺だったら、十代を幸せにして、輝かせてあげられる。
…そうして自分は、十代を手に入れた。
腕の中で眠る彼女の髪を梳く。
さらさらと零れ落ちるその一本一本までもが己のものなのだと実感する。口に笑みが浮かぶのを止められない。
可愛い可愛い十代。これからもっと、もぉっと、愛してあげる!
「……ん、うー…。」
「ああ、ごめんな十代。起こしちゃったな。」
「うー………よは、ん…?」
微睡む声が、己の名を呼ぶ。舌足らずなその声は、どんな高尚な音楽よりも、己の心を震わせる。
「まだ、寝てていいよ。疲れただろ?…無理させたからな。」
前髪を掻き揚げて、額に触れるだけのキスを落とす。くぅ、と擽ったそうな声が彼女の口から漏れた。
近い内に。…覇王はきっと、十代を取り返しにくるだろう。予想でも予感でもない。これは確信だ。
おそらくは己と同じように…王位を奪い取って。大勢の民の命のことなど知った事かと、軍靴の音を響かせて。
そうしたら、見せ付けてやればいい。心も身体も己のものになった十代を。
ああ。早く余計なことは忘れさせてしまわなきゃ。
その可愛いお口から出る言の葉が俺の名前だけになるように。そのきらきらしたお目目に映すものが俺の姿だけになるように。
―――俺のことだけ、感じていて。そうしたら世界でいっちばん、幸せにしてあげるからさ!
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あとがき。
凍死郎さまへ相互記念にと捧げた白痴十代でした。
こんな駄文送りつけるとかどんな嫌がらせ!痛い!投石は勘弁してええ本人十分反省してるからああああ!!
(08.06.22)