ゆっくりと、ゆっくりと。
耳障りな音を立てて、けれど歯車は加速する。





「なぁ、覇王。あれ、覇王の妹だろ?」
「そうだ、と言ったら?」
振り返った覇王の瞳に、忽ち剣呑な光が宿る。
ついさっきまで妹に見せていた表情(かお)とはかけ離れた、冷徹なそれ。
「そ、そんな怖ぇ顔することねぇだろ。ただ、噂で妹姫がいる”らしい”って聞いてたからさぁ…。本当にいたのかぁ、って思って。」
背筋を冷たいものが伝うのを感じながら、けれど努めてそれを出さないように答える。
「…まぁ、どんなに言い繕おうと無駄だろうな。確かに。…あれは、俺の双子の妹だ。」
「双子かぁ。しっかし、瓜二つだよなぁ!最初は覇王が女装でもしてるのかと思ったぜ!」
最後の一言に、覇王の表情が凍った。比喩でも何でもない、言葉そのままの意味で。
気付き、何とか言い逃れをしようとしたが、時既に遅し。
めしゃり、と何とも小気味よい音が、うららかな中庭に響いた。



ずきずきと痛む頬を押さえる。
「痛ぇ…。」
「そうか。それは良かった。」
恨めしそうな視線を送ってみても、さらりと流される。
無表情が常のような彼はしかしながら、結構激しい気質の持ち主らしい。…気をつけなければ。それこそ命が幾つあっても足りない。
「ちぇっ、妹さんのほうはすげえ優しそうだったのにさ。会って数時間の隣国の特使を殴るかよ、普通さ。」
「無礼な言動を取るのであれば、当然。」
「あぁもう、悪かったよ!悪かったって!!」
「自覚したのなら良い。但し今度またあのような無礼を働くのであれば、次は首が飛ぶものと思え。」
さらりと告げられた最後通告には、ただ黙って頷いておくことにした。さっきの今で、現世とオサラバなんて、嫌すぎる。


「そういえば聞きたかったんだけど。お前と双子なんだから、当然妹さんも精霊使いなんだろ?」
精霊使い、という言葉に反応したのだろうか、相棒のルビーがひょこりと肩に姿を現す。
そういえば彼女と出会ったのも、ルビーが突然駆け出していったからだった。彼女の精霊使いとしての力に、反応したからなのだろうか?
「…精霊を見ることはできる。会話も出来るし契約もしている。だが精霊使いかと問われれば、否だ。」
「またびっみょーな答えだな。何だそりゃ。精霊が見えて会話も出来て契約もしてるけど精霊使いじゃないぃ?」
答えの意味を尋ねると、覇王は一度黙って頷いた。
「あれは…十代は生まれつき体が弱い。それに、知恵遅れでな。」
成程、と思う。てっきり3つか4つ年下の兄妹だと思っていた、だが彼らは双子であるという。彼女から感じた、幼さの原因はそれだったのだ。
そしてそういえば、彼女の名前を聞いていなかった。十代。どうやらそれが、お姫様のお名前。
「だから十代は、己に宿る力をよく理解していない。精霊の視認も会話も契約も、全て無意識下でのことだ。」
「…それって…とんでもない使い手じゃねえか…。」
「ああ。だが、ただ一つだけ。十代は、精霊の力を行使できない。精霊が自発的に主である十代を守ろうと力を使うことがあっても、その逆…
 つまり、十代が意識的に精霊の力を使うことはない。」
「”理解してない”からか?」
覇王の言葉を次ぐと、彼はまた一度、頷いてみせた。
「それが、十代が精霊使いたりえない所以だ。」
「ちゃんと教えといたほうがいいんじゃないのか?それかなり危険だろ。下手したら精霊が暴走しかねないぜ?」
そう言ったら、何故だか覇王は黙り込んだ。
隣を歩く彼の表情は、読めない。ごっそりと表情を削ぎ落とし、冷たさのみを残したその顔。
「…。…覇王?」
「………あれは、俺のものだ。」
落とされた呟きを、一拍置いて脳が拾った。
…まさか。彼女を己に依存させるために、わざと教えないでいるとでもいうのか。
それはつまり、自力で立たせないために足の腱をぶった切ったも同然だ。

執念。たった二文字を凝り固めて閉じ込めた、こがねいろ。
ざわりと心の中で何かが蠢くのを、ヨハンは無理矢理気付かないふりをした。





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あとがき。

今回は台詞が多いね…。色々説明しなくちゃなんなかったからさ…。
そしておそらくまともなヨハンのターンはこれで終わりでしょう。次回から確実に病んでくると思われ…。
書くのが楽しみです。(吊ってこい)
BGMはうみねこえぴ3の超パーのテーマ。ヤンデレ百合!ヤンデレ百合!

(2008.11.03)

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