だって、かあさまがよろこぶから。だって、にいさまだってよろこぶから。
そしたらおれは、すごおく、しあわせなんだよ。





『覇王!』
己の精霊…ユベルの、こんな切羽詰った声を聞くのは初めてかもしれない。
歩みを止めて、振り返る。そこには禍々しい竜の力を持った、美しい精霊が、半透明の状態で空に浮かんでいた。
その腕の中に毛玉のような精霊を認めて、覇王は僅かにその眉を寄せた。
「…ハネクリボーが、何故こんな所に?」
ハネクリボーは、十代の一番のお気に入りの精霊だ。ふわふわとした外見、愛嬌のある仕草。
攻撃手段を持たないが、その代わり防御に関しては精霊たちの中でもトップクラスに入る。
知恵遅れで、加えて身体も弱い十代が今日まで暗殺等から無事でいられたのは、その力によるところが大きい。
…その彼(?)が、十代の傍を離れてここにいる。不吉な予感に、覇王の心がざわめく。
『十代を止めてって、言ってる。何かあったんだよ!お願いだよ覇王、十代の所に行ってあげて!!』
その言葉を聞くやいなや、覇王は駆け出した。空気の抵抗を受けて翻る裾すら煩わしい。
―――頼む、間に合ってくれ!



ほとんど蹴破る勢いで十代の部屋のドアを開けた。目に入った妹の姿に、覇王は綺麗な金色の目を見開いた。
「…っ、何をしている、十代!!」
細くて白いその首筋に、冷たく光るナイフを押し当てていた。そのまま刃を引こうとしたところで十代はようやっと覇王を認識した。
「あ、にいさまだ〜!」
首筋からナイフを離したのをみとめて、覇王は急いで十代に駆け寄る。小さな刃物を小さな手から奪いとろうとするけれど、
十代は頬を膨らませて拒絶した。
「うー!だめなの!これはだめなの!!」
「何がだ。…とにかく、それは危ない物だ。寄越せ。」
危険なのだと諭しても、彼女はそれを後ろ手に隠して渡そうとしない。いつになく頑なな、その態度。
「だってかあさまがいったんだよ!おれがいなければせいれいさんたちのちからはぜんぶにいさまのものだったんだって!
 にいさまのものをとっちゃったおれはすごくわるいこでわるいひとはくびをきられなきゃいけないからおれもきらなきゃいけないんだよ、
 おれがいなくなればかあさまはすごくうれしくてにいさまはもっとつよくなれてそしたらおれもすごおくしあわせなんだよ!
 だからだめ!これはだめなの!」

十代の言葉に、覇王は絶句する。
母が十代のことを嫌っていたのは知っていた。ヒステリックな性格であることも。…だからといって。こんなのはあんまりだ。
実の娘に、いなくなれなどと。何かを要求すれば十代は全力で応えようとする。十代のその性質を知らない訳ではないだろうに。
まさか、知っていて言ったというのか。その考えに思い至って、覇王は奥歯を噛み締めた。
「…そんなことをして、俺が喜ぶと本気で思っているのか。」
「にいさま、よろこんでくれるんでしょ?」
一片の疑いもない、笑顔。その笑顔に、ぶちりと何かが音を立てて切れたのを自覚した。
自分から離れていこうとするなど。そんなことが認められる筈がない。認めない、認めない…認めない!
ならば繋ぎ止めるだけ。誰の言う事を聞いていればいいのか、教え込むだけ。
後ろ手に隠されていた刃物を、強引にもぎ取る。
非難の声を上げる十代に覇王は…いっそ恐怖すら覚えるほど綺麗に、微笑んだ。



後編







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あとがき。

前後編になったよははは。
覇にょ十はじめて物語だよ。ヘル期間なのではとさん自重しませんははは。
この設定のにょ十は自分が思ってることと違うこと言われると物凄い勢いで喋り、自分が正しいのだということを証明しようとします。
100%できませんがww
長い台詞が多いのはそのため。ひらがな喋り見づらいけど楽しいんだなこれがははは。

(2008.02.24)





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