それは、幕間の物語。
また幕が上がるまでの、ほんのつかの間の。
diabolus in musica ――― entr’acte 2 (アントラクト)
ティラナ・セクエンツィア。
最近、ちらほら耳にするようになった名前。
国境近くに居をかまえ、その歌声でもって魔物を魅了しているのだという。
(ふうん…魅了…ねぇ。)
魔物と一口に言っても様々だ。人間以上の知能を持つもの、逆に同じ魔物ですら
意思疎通のとれないようなものだっている。
人を装ったり、動物に近づけてみたり、大胆にも神を気取る奴だっている。
それらを一緒くたに魅了し、従えているというのだ。
(まぁいいわ。お手並み拝見といこうじゃないの。)
退屈を吹き飛ばしてくれるようならば、それでよし。自分の力を貸してやってもいい。
取るに足らないような歌ならば、この牙の餌食とするだけ。
この国境近くは過去何度も戦場になっている。そのため土地が荒廃し、また住む者もいない。
けれど彼女の家は、ここにある。
小高い丘にぽつんと一つ、粗末な小屋。その傍らには小さな畑も見える。
それだけ見れば、まぁ世捨て人が住んでいるんだろうな、くらいに思えるだろうが如何せん、
そう考えるには彼女の家は賑やかすぎた。
風に乗って聞こえてくる、玲瓏とした歌声。
音の元を辿ってみれば、グリフォンの背を枕にして女が一人、眠るようにして…歌っている。
グリフォンと言えば、その獰猛さで魔物たちからも恐れられる生き物だ。…それを枕代わりにするなんて。
(これがこの子の・・・歌の力?)
ふいに、歌が途切れた。
ゆっくりと開かれる、その瞳。
「こんにちは。…人間の姿をしたお客さんは、久しぶりよ。」
「貴方が…ティラナ・セクエンツィア?」
「そうよ。…あら、やっぱり貴方、人間じゃないのね。人間のお客さんかと思って、
ちょっと期待しちゃったんだけど、」
見抜いた。…偶然では、ないだろう。
ただのおとなしそうな少女に見えて、けれどそれは彼女のほんの上辺でしかないということか。
「分かるの?私が、吸血鬼だって。」
「そこまでは、分からなかったけど。でも貴方の歌、人間のものとは違ってるから。」
「私の…歌?」
「そう。貴方の歌。」
ここまでくると、目の前の相手のほうが魔物なのではないのかという気すらしてくる。
ひたすらおだやかに、微笑む少女。その笑みが急に、恐ろしいものに感じられた。
「それで?吸血鬼さんは、私に何の用なのかしら?…やっぱり、私の血?」
「それもあるけど、貴方の歌を聴きたいと思って。最近色々と評判だから、貴方の歌。」
その言葉に、彼女の顔がぱあっ、と輝いた。
こういう表情は、幼く見える。今までの雰囲気は何か、悟りを開いた者のように感じられたのだけれど…
もしかしたら、意外と若いのかもしれない。あとで年を聞いてみようか。
「嬉しい!あなたも私と、お友達になってくれるの?」
「…それは貴方の、歌次第。友達か餌かは、聴いてから決める。」
にやりと、獲物を狩る時の笑みで答えれば、…気付いていないのだろうか、
変わらず彼女はにこにこと笑っていた。
じゃあ、聴いていてねと前置きして…そしてその口が音を発した途端それは、起こった。
「が、…っは…!?」
心臓がひとりでに跳ねる。体中の血が、沸騰しているかのような感覚。
知らず、膝を付く。とてもじゃないけど、立っていられない。
けれど信じられないことにそれは苦痛によるものではなく、溢れんばかりの歓喜によるものだった。
「…っ、…!?」
混乱の中、己の様子に見向きもせず歌い続ける少女を見た。
緩くウェーブを描き、流れる髪は紅。今、閉じられている瞳は蒼。正反対の色を宿す肌はどこまでも白く、
すべらかで…。つい先ほどまで何の感慨も無かった筈のそれが今は狂おしいほど愛おしい。
どうして、と考えるよりも先に、あぁ、これが魅了されるということなのかとやけに冷静に納得する
自分がいた。
「おい…コラ、アイス、起きろ。」
酷く不機嫌な声で目が覚める。…夢。
「…ヴァルツェ。」
「何でお前が俺の椅子で寝てるんだ。しかも気持ち悪いくらいの笑顔で。」
「報告があったんで待たせてもらったんだけど…寝ちゃったみたい。」
あぁ、なんて残酷な夢。
(どうだった?ねぇ、友達になってくれる?)
1000年も友達を待たせるなんて、彼女はなんて酷い女なんだろう!
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あとがき(要反転)
というわけで、2周年記念です。去年と同じくおめでたさの欠片も感じられませんね!
去年はヴァルツェとユトちゃんだったので、今年はアイスとティラナの超・過去編にしてみました。
この分でいくと、来年はディスとツェスの過去編とかになりそう…。
いや、さすがにその頃には本編完結してるだろうけど…。