ようこそ星合荘へ〜103号室3強爆撃編〜





元から日当たりの悪いこの部屋が雨の場合どうなるか。言う間でもない。
どんより、じめじめ。ネガティブな効果音ばかりが満ちるこの部屋で、三人は今日も暇潰しをしていた。
ごろごろとだらしなく寝転がっていたユダが、ふと思いついたように口を開く。…それが全ての始まりだった。
「そういや、俺だけ指輪してない。」
その言葉にバトラとゼロは互いの手を見やる。バトラは家紋が刻まれた指輪をしているし、ゼロも両手に指輪をしている。
二人にとっては、それぞれ特別な意味を持つ指輪だ。
「…俺も指輪欲しい。」
雨に紛れぽつりと落とされたユダの呟きは、けれど二人の背筋を凍りつかせるには充分だった。
「ゼロ、一個俺に譲る気とかない?」
「喧嘩を売ってるんなら買うよ?」
予想通りの流れだったのか。ゼロがぴしゃりと即答する。あまり表情を出さない彼にしては珍しく、不快感を露にしていた。
なぁんだよう、冗談なのにぃ、とまた一頻り畳をごろごろしてから、彼女は次の爆弾を落とした。
「じゃあバトラは?」
「っざけんな!これ結婚指輪だぞ!?」
「うっそ、お前結婚してんの!?」
勢いよく起き上がり、爛々と目を輝かせるユダ。しかし次の爆撃は、予想外のところからやってきた。
「…あれ、きみ、バツイチじゃなかったっけ?」
ゼロの至極静かな言葉に、部屋は面白いくらいに静まり返った。
バトラの顔色がみるみる白くなったかと思えば、彼はとてもみっともない声で叫んだ。
「何で知ってんだよ、何で知ってんだよ!何で!知ってんだよぉおおぉおおぉおお!!」
大事なことなので三回言いました。そんなフレーズがユダとゼロの脳裏を過ぎる。
涙目でわなわなと震えるバトラのことなぞ何処吹く風。無表情のまま、ゼロが続ける。
「生憎、魔女の知り合いには事欠かないんだ。ちょっと聞き込みしてみたら、きみ、意外と有名なんだね。」
面白い話が沢山聞けたよ。


そう言って微かに口の端を上げてみせた彼は、紛れもなく悪魔であった。










ようこそ星合荘へ〜103号室3強黒歴史編〜





「ここの住人は元のカケラで何かしら苦労とか嫌な思いとかしてるけど。…いや、きみのは群を抜いて酷いよね。同情するよ。」
最悪だ、最悪だとぶつぶつ呟きながら頭を抱え込むバトラに追い討ちをかけるようなゼロの言葉。
それに、傷口に笑顔で塩を塗りこむような、どこまでも明るいユダの声が続く。
「マジで?アルヴィスの半裸首輪プレイを越えるような黒歴史なんてそうそうないと思ってたけど?」
おい他人の黒歴史さらっと暴露してんじゃねぇ、と心中でバトラがツッコミを入れた次の瞬間。
「バトラの場合は全裸に首輪で生きたまま化け物の餌だっけ?」
「ぎゃぁあああぁああぁああああぁやめろやめてぇええぇなんでそこまで知ってんのぉおおぉおおぉおお!?」
「っぐ、ぶほぁっ!ぷ、ふ、くく、く、ふふふふふぁああははっははっははははすっげええぇえええぇえなにそれぇえぇええ!?」
いつだかのゲームの末路にバトラが絶叫し、ユダが勢い良く飲んでいた茶を噴いた。
口元を拭いもせず笑うユダ。折角の美人が台無しだ。
「バトラに比べたらぼくらなんて可愛いもんだよね、ユダ。」
「だよなぁあ、ふ、ふふ、俺も、色々やらかしたけど、さぁ、くっ、バトラのには、ふふふ、あっはははは駄目だおかしいぃいいぃ!」
ちゃぶ台をばんばんと叩きながらユダが再び笑いの海に沈む。
壊すと大家さん怒るよ、とゼロが嗜めても彼女はひぃひぃ喘ぎながら笑い続けている。駄目だこの女。早く何とかしないと。
そうはいっても、ここまで傾いてしまった流れを戻す術がバトラにあるはずもなかった。

「……いいよなお前らは。結局みんな助かったわけだし。」
頭を抱えたままぽつりとバトラがそう言うと、ようやっと笑いの引いてきたユダがちゃぶ台に頭を乗せながら溜息を吐いた。
「…まぁ。それを考えるとお前んとこは冗談抜きに悲惨だよなぁ。」
「だからこそきみはきみという魔女でいられる。たった一度きりの絶望じゃ、そこまでの力は育たない。」
無限の拷問と死と絶望に飲まれることなく耐え抜いたからこその、無限の魔女。
そう、だからこそ彼は、”魔女”なのだ。



「ところでまだバツイチの詳細を聞いてないんだけど?」
「らっらめぇえええぇえええぇぇぇえ!!」










ようこそ星合荘へ〜103号室大家登場編〜





ユダが大爆笑していたせいで、ドアが開く音に気付かなかった。
声をかけられてようやっと、その人の存在に気付く。
「………何してんの、きみら。」
草臥れたTシャツとハーフパンツ。右手にはノートパソコン、左手にはペットボトルとポッキーの箱。口にも食べかけのポッキー。
一歩間違えば引き篭もりのような格好。否、実際引き篭もりに限りなく近い生活をしているが。…全く、ここの住人は残念な美人が多い。
「お〜っ、ひっさしぶりぃ!生きてたのか!」
「…見ての通り暇潰しだよ。キラこそどうしたの。」
「アスランに部屋掃除するからって追い出された。いいのにさ。ぼくは何処に何があるか分かってるわけだし。」
完璧に、片付けが出来ない人間の言い訳のそれであったが、それにツッコミを入れることのできる属性の人間は生憎この部屋にはいなかった。
魔女が顕現していたならまた違ったのかもしれないが、もし彼が”見えて”いたとしてもボケが三人のツッコミ一人。
数の暴力で封殺されるのがオチだろう。
「あの人もよくやるよね。あの樹海に足を踏み入れる勇気はぼくには無いよ。」
「アスランは神経質すぎるんだよ。もうちょっと不真面目ぐらいでいいと思うんだよね。」
「あぁ、確かに。ありゃストレスで長生きできないタイプだよな。」

座るなりノートパソコンを開いて物凄い勢いでキーを叩いていくキラに、相変わらずだなぁとユダが苦笑する。
「副業もいいけど大家の仕事もちょっとは気にしてくれよ〜?覇王が家賃納めたいのに連絡とれねぇって愚痴ってたぜ?」
「困ったら貰いに行くからいいよって言っといて。」
画面から視線を寸分も動かさず、そっけなくキラが答える。
しかしながら国家機密レベルの副業をこなすこの大家が金に困ることなどあるのだろうか。否無い。
真面目に家賃を払おうとしても大家が引き篭もっていて支払えないという、よく分からない家賃滞納がここ星合荘では頻繁に発生していた。
まぁ大家がいいと言っているのだから…いい、のか?これは?
常人ならば即座に首を傾げるだろうこの状況にツッコミを入れることの出来る人間は、やはり居なかった。

ふと。それまで休み無く動いていたキラの指が止まる。ちゃぶ台に置かれていたコップの数に気付いたからだ。
三つ。キラは先ほど来たばかりで、そこから他の二人は一度も席を離れていない。単純に考えれば、キラが来るまで誰かがいたということになる。
けれどこの一癖も二癖もある二人の会話に加われるような人物が思いつかず、微かに首を傾げてキラは問うた。
「…誰か”い”たの?」
「”彼”の言葉を借りて言えば、『愛が無ければ見えない』だそうだよ。」
ゼロの冗談なのかそうでないのかよく分からない、そして何より彼らしくも無い言葉に思わず鼻で笑ってしまう。
「そりゃまた随分と、傲慢なおばけもいたもんだね。」






脳内キャラ設定大家編
キラ・ヤマト(19)
美少女といったほうがしっくりくるような容姿だが引き篭もりという残念なイケメン。一応星合荘の大家。兼フリーのプログラマー。
世界でも類をみないほどのプログラミングの才能を持つが故に国家機密レベルの仕事が頻繁に舞い込む。しかし彼は副業と言い張っている。
片付けが苦手。副業で本格的に引き篭もりはじめると手がつけられない樹海と化す。浄化できるのは今のところ幼馴染のアスランだけ。






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