ようこそ星合荘へ〜103号室3強邂逅編〜




星合荘の1階は、1部屋を除いて長いこと空き部屋だ。(日当たりが、頗る悪いのだ。)
そんな部屋に目を付けたのが、星合荘ヒエラルキー最上位に位置するユダとゼロの2人だった。
彼らはどうしようもなく暇な時、井戸端会議の場としてそこを使っていた。

まだ正午を幾分か過ぎたばかりだというのに、星合荘103号室の室内はほんのりと翳っていた。
薄暗い室内。電気も付けずだらしなく寝転がり、天井を見上げるユダ。
傍から見たら昼寝だろうと思われたが、彼女のちぐはぐな色の瞳はしっかりと開いていた。
…ふと。それまで微動だにしなかった彼女が、顔をドアのほうへ向ける。まるでその瞬間を見越していたかのように、その時ドアが開いた。
何時ものように気だるげな目をして入ってきたのは、彼女の貴重な雑談相手であるゼロだ。
「よぅ。」
「…どーも。」
互いに笑顔を見せるでもなく。本当に仲が良いのか疑いたくなるくらいに、そっけない挨拶。
少し離れたところにゼロが腰を下ろしたのを見やり、ユダがようやっと半身を起こす。
「そんじゃあ、”新入りさん”の面を拝ませてもらうとしますかね。」
そうして、目を閉じる。視界を閉ざして、意識の方向を切り替える。テレビのチャンネルを合わせるように。ラジオをチューニングするように。
数瞬の後、どちらからともなく目を開けると、つい先程まで何の変哲も無かった筈のアパートの一室は、眩いばかりの黄金の蝶で埋め尽くされていた。
「…勿体付けないで、姿を見せたら?」
この世ならざる光景にも動じず、ゼロがあまり抑揚を感じさせず呼びかけると、応えるように一所に蝶が集まり始めた。
集った蝶が、段々と人の形を成してゆく。ぱきり、と一際明るい光が弾けた。
「どーも。始めまして。」
顕現した男は荘厳な衣装とは裏腹に、屈託無く八重歯を見せて、笑った。










ようこそ星合荘へ〜103号室3強質疑応答編〜




「先ずは自己紹介だな。」
ユダが目を細めて妖艶に笑う。ありえないこの邂逅を、心底楽しんでいるようだった。
「俺はユダ。年齢なんて野暮なこと聞かないでくれよ?職業は…そうだなぁ、正義の味方ってことにでもしといてくれ。」
殆どを曖昧にはぐらかして、彼女はゼロに目配せした。
「…ぼくはゼロ。年齢…は。一応シオンに合わせておこうか。17だ。職業とは言えないだろうけど…役割的には調律者、かな。」
こちらもあまり多くを語る気はないようだった。寧ろ、分かっているのに何を今更、といった風だった。
「じゃあ最後は俺だな。」
黒衣の男は相変わらず人の良い笑みを浮かべていた。窓際にどっかりとその長身を下ろし、二人と同じように彼も名乗った。
「俺はバトラ。職業…っつっていいのか?無限の魔女やってる。年は…まぁ永遠の18才ってことで。」
茶化すように言ったところで、3人の間に沈黙が落ちる。不気味で、張り詰めた静寂だった。交差する視線は、火花すら散りそうで。
「さて。…そんじゃあ、本題に入るとしますか。」
それまでにやにやとチェシャ猫の笑いを貼り付けていたユダが、不意に一切の表情を消した。
薄暗い室内で、少し釣り目気味のオッドアイが、刃物のようにぎらぎらと輝く。
「…お前の目的は何だ。わざわざ駒なんて送り込んで何考えてやがる。返答如何によっちゃあ俺もゼロも容赦しねぇからな。気をつけて答えろよ?」
切先を、喉元に当てられているような。そんな錯覚を覚えた。あのゲームの中で何度も何度も味わった、感覚だ。
やっぱり、このカケラを選んで正解だった。殺意にも似た眼差しに、バトラは知らず口の端を吊り上げた。
「暇潰しだよ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。あんたらの邪魔をする気は毛頭ないんで安心してくれよ。」
「…暇潰し、ねぇ。」
胡乱げにゼロが呟く。それ以上を彼は言わなかったが、魔女の発言をあまり信じてはいないようだった。
「あんたのカケラの魔女の定義がどうかは知らないけど。少なくとも退屈は俺を殺す…毒みたいなもんなんだ。結構切実なんだぜぇ?」
「…まぁ、いいだろ。俺もゼロも退屈は嫌いだし。」
いいよな?とユダがゼロに同意を求めると、彼は相変わらずの低いテンションで呟いた。
「いいんじゃないかな。きみがそう言うなら。」
ただし、と言葉を区切って。冷たい青玉の瞳が魔女を射抜く。
「遊ぶ分には構わないよ。…ぼくもユダも遊んでるしね。けど”弟”への必要以上の干渉は認めない。今もって害虫退治に苦労してるんだ。
 これ以上、手間を増やしたくないんでね。」
このブラコンめ、というユダの呟きに、普段表情を表に出さないゼロが初めて、はっきりと顔を顰めた。きみにだけは言われたくない。
ほぼ口の中で呟かれた、心の声にも近い言葉だった。
きつく睨み付けるゼロの視線なぞ何処吹く風。ユダは変わらず掴みどころのない笑みで受け流す。
いつのまにか置いていかれていたバトラに気付いて、彼女が、あぁ、まだそういや言ってなかったなと苦笑する。


「…ようこそ星合荘へ。歓迎するぜ、無限の魔女。」










ようこそ星合荘へ〜おまけ・103号室3強雑談編〜




「しかしさぁ、お前の力は面白ぇよな。」
会話の口火を切るのは大概バトラだが、珍しくユダが問いかけた。
「否定と肯定。真実と幻想。…人間と魔女。そこまで正反対の力を一つの器に纏めるのは大変だったろ。」
「…真実を見つけたくて、探してたらなりゆきでこうなってたからなぁ。大変っちゃ、大変だったけどよぅ。」
いっひっひ、と彼独特の人をくったような笑い方。和室にそぐわない豪奢な衣装で身を包んではいるが、彼は笑うととても幼く見える。
…それだけが、彼がかつて人であった名残なのかもしれなかった。
「でも、そういう意味じゃあ一番大変なのはアンタだろ、調律者?それだけ抱え込んで、まだ完成しないときてる。」
そうだね、と話を振られたゼロは淡白に答えた。
「ピースはあと一つなんだけどね。…それが問題だ。」
深く、長く、更に重い溜息。
右手を天井に翳して、人差し指に嵌った指輪を見つめるその眼差しは、…酷く、恋にも似ていた。
「実際、こん中でカースト最上位はお前だよなぁ、ゼロ。」と、ユダ。「俺、お前だけは敵に回したくないもん。」
からかうような彼女の言葉にも、彼の視線は揺るがない。指輪を見つめたまま、うんざりと再びの溜息。
「ピースが揃えば、の話だろ。御伽話よりも現実味のない話だ。」
「そりゃそうだ。そんなおっかない力、そうそう使われてたまるかよ。」
大袈裟に肩を竦めるユダ。世界を救うのって大変なんだぜ〜、と嘯いて、バトラにも同意を求めてきた。
そんなスケールの大きい話を振られても、正直、困る。あくまで自分はカケラの魔女なのだし。
適当に返事を濁すと幼子のように頬を膨らませむくれられた。畜生結局俺が悪者か。


ぼんやりと会話に相槌を打ちながら、バトラはかつてのゲームを思い出す。あの三竦みの、戦いを。
どうやら己は、あの性悪どもに、余程縁があるらしい。

ユダの、たった一度のチャンスで全てをひっくり返す、奇跡。
ゼロの、光も闇も、生き死にすらも調律する、絶対。

あぁ、こりゃあいい。退屈が、恐れをなして遠くへ逃げていくのを感じる。
あのゲームを越えるものはこれからも、存在しないだろう。…けど。奇跡と絶対と無限が再び揃ったこのカケラならば。
「バトラ?」
思考に沈んだ己を、怪訝そうに二人が覗き込む。なんでもない、と平静を装って。彼は心の中でそっと、舌なめずりをした。


―――楽しいことに、なりそうだ。





脳内キャラ設定おまけ編
ユダ
星合荘3強のひとり。もとのカケラにおいては3度ほど世界を救っている英雄。しかし暴走して手当たり次第に虐☆殺して暴君化したことも。
努力は勿論惜しまないが基本天才肌。きっと本気になればなんでもできる。興味のあることしかやろうとしないだけで。
どんな絶望的な状況にあろうとも、たった一度のチャンスで忽ち形勢を逆転させる様は奇跡と呼ぶに相応しい。
ゼロ
星合荘3強のひとり。しつこいようだがギ○スの人ではない。光でも闇でもない力を持ち、光と闇のサイクルを調整する役割をもつ。
ただ調整の仕方がとんでもないのでシオンは彼の存在を頑として認めようとしない。
光から闇へ、闇から光へと意のままに世界を塗り替えるその力は、絶対と呼ぶに相応しい。
バトラ
星合荘3強のひとり。無限の魔女。元は魔女を否定する人間だったが長い戦いの末いろいろあって魔女を継承。現在に至る。
飄々としてるが3強唯一のツッコミ属性。彼がいないと話題は明後日のほうへ行ったまま帰ってこない。
どんなに打ちのめされ、叩き折られようとも必ず立ち上がり千年を戦い続けた彼は、無限と呼ぶに相応しい。





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