それをあなたが、望むのなら。





「………なに、これ。」
家具としての言葉遣いも忘れた言葉遣いが思わず口から漏れた。
顔を上げると、主は困ったような笑顔を浮かべていた。どうしてそんな顔をするの。困っているのはこっちなのに。
「ねぇ、なんなの、これ。」
「見ての通りだろ。次のゲーム盤だ。」
何の淀みもなく答える主に、頭の中で何かが切れる音がした。
「ふざけないで!アンタは至ったんでしょう?ベアトリーチェ様の真実に!なら正々堂々とあの探偵を打ち破ればいい!どうして………、
 どうしてこんな、馬鹿げた賭けをする必要があるのッ!?」
目の奥がツンとする。泣きそうだった。いっそ泣き出してしまいたかった。体裁も何もかも投げ捨てて泣き出してしまいたかった。
口の震えが止まらない。そのままにしておいたら本当に涙が零れそうでぐっと、噛み締める。微かに、血の味。
それでも目の前に座る主は、その飄々とした態度を崩さない。私が一人こうして取り乱しているのが馬鹿みたいに。
「…必要なことだからさ。”ベアトリーチェ”を、連れ戻すために。」
”ベアトリーチェ”、と態々その名を強調する。そのニュアンスはこれ以上ないくらい、明白。
彼は”あのベアトリーチェ”を連れ戻したいのだ。かつて己と相対した、”千年を経た魔女のベアトリーチェ”を。
そう、右代宮戦人という自身の駒を絶望の深遠に投げ捨ててでも。

揺るがない主の笑みに、彼の決意を知る。止められない。止められはしない。
それは戦地へ赴く兵士を見送るよう。否、戦地などという生温いものではない。其処は、死地だ。全ての魔女を殺し葬る墓場。
そんな、最低最悪な絶望的な棺に、主は自ら足を踏み入れようとしている。
もう主の顔を見ていられなくて、床に視線を落とす。それが家具として無礼極まりないと分かっていても。
けれどそんな最低な家具に降ってくるのは罵倒でも罵声でもなく。
「…魔法の根源は、信じる心、なんだろ。」
主の、静かな、静かな、声。それは寒い寒い夜にカケラずつ降り積もる雪のよう。
「だから、信じて待っててほしい。…他の誰が信じられなくとも、お前だけは。」
恐る恐る顔を上げると、そこにはやはり笑みを浮かべた主の顔があって。
照れくさそうに、頭を掻く。その表情には、これから死へと向う恐れや絶望は見当たらない。
己の勝利を確信しきった、自信に満ち満ちた笑み。

(それはまるで、傲慢。)


「待っててほしいなんて、そんな甘っちょろい言葉で私を縛る気なの?」
無理矢理に口の端を上げる。主が望む表情は少なくとも沈んだものではないはずだから。
とても主へ向けて言うべきではない挑発の言葉に、主はぱちくりと二三度目を瞬かせ、それから八重歯を見せて笑う。
―――あぁ、やっぱりアンタはそうでなくちゃ。

「背筋を正して、真っ直ぐ前を見てろ。泣くことも膝を折ることも許さねぇ。ベアトが帰ってくるまで、目を逸らさずしっかり見てろ。」



御心のままに、親愛なる領主陛下!!





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あとがき。

ロンパのBGM聴きながら書いてたら何故かEP6ネタになった。
BGMとの関係は一切ありません。

(2011.02.11)





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