千年かけて、飼い殺してあげる。





「此方へいらっしゃい。」
いつになく楽しそうな奇跡の魔女の声に、けれど仔猫の反応はのろりと顔を上げるだけにとどまった。
主の命令に従わない仔猫に、他の使い魔の猫達が一斉に、非難を浴びせかけるように鳴き声を上げる。
「およし、猫達。この子はまだ赤ん坊なのだから。」
威嚇するような猫達の声を、ベルンカステルが片手を挙げて制する。
途端、ぴたりと静まり返った部屋に、主たる魔女の声が再度響く。
「…此方へいらっしゃい。」

震えながらも立ち上がる仔猫の容貌は、使い魔の猫達とは全く異なるものだった。
個体によって大きさはまちまちだが、使い魔たちは一様に黒い毛並みにエメラルドの瞳を持っていた。しかし、仔猫一匹だけが違う。
瞳は仔猫特有の薄蒼。そして身体を覆うのは赤い、紅い、毛並み。猫では有り得ないその色が、更に仔猫の異質さを際立たせる。
だらりと垂れた尾は、血に濡れたような色の毛並みも相俟って、引き摺り出されたハラワタにも見えた。

床をじっと見つめていた仔猫が、恐る恐る一歩を踏み出す。
そこに床があるのか信じられていないのか。それとも、それが自分の手足だと理解できていないのか。
「まだ慣れていないの?くすくす、直に慣れるわ。」
からかうような魔女の声に、仔猫が不満そうな視線を向けた。
(それはきっと人だったなら、肩で息をして、それでも敵を射抜くような鋭い眼差し。)
それでも主の命令には逆らえないように、仔猫の身体は出来ている。一歩、また一歩。およそ猫とは思えない緩慢な動きで、仔猫は主の足元にようやっと辿り着いた。
襟首をぞんざいに掴んで、ベルンカステルが仔猫を自身の膝へと引き上げる。
血を拭うように、或いは擦り付けるように。魔女の手が優しく、仔猫を撫でる。
「随分とまぁ可愛らしい姿になったものだわ。そんなにあのゲーム盤から連れ出されたことがショックだった?ねぇ…戦人?」
戦人。それが、かつてニンゲンであった仔猫の名前だった。


本当に気まぐれだった。彼をゲーム盤の外に連れ出して虐めてやろうと考えたのは。
だが存外激しく抵抗され、駒の分際でと荒々しく放り出してしまったら、打ち所が悪かったのか、余程の衝撃だったのか。
ニンゲンとしての姿も保てず、記憶もほとんどが欠落してしまって、このザマだ。いや、しかし、これはこれで楽しい。
あの戦人をこうして屈伏させている。その事実が、ベルンカステルの口元を醜く悦楽に歪ませる。
「私が全て教えてあげるわ。猫としてのあり方を。そうして忘れてしまいなさい。あなたが人であったことを。かつて人を愛したことを。」
魔女の言葉に、仔猫がむずがるように一声鳴いた。弱々しい反論のようなそれも、最早ベルンカステルを楽しませるものでしかない。
「それでも人でありたいというなら。千年かけて思い出し、もう千年かけて私を打ち倒してごらんなさい。…そうしたら帰してあげてもいいわ。」
もっともそんなことは有り得ないでしょうけれど、とベルンカステルは笑う。だって彼女は奇跡の魔女。…奇跡が起こらぬことを知る、魔女。

「可愛がってあげるわ。…愛しい愛しい、私の仔猫。」



忘却のKitten Blue





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あとがき。
Q.はとさん、猫かわいがりって猫かわいがるようにってことで猫にしてかわいがるってことじゃないよ?
A.うん、知ってる。

(2011.01.21)

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