最後の一人は、檻の中。
背筋が凍る、というのはこういう感覚を言うのだろう。脳のどこかでそんなことをのんびり考える自分がいることに苦笑する。
今すぐにどちらかの選択肢を選ばなければいけないというのに。つまり、逃げるか、戦うか。
逃げる?
6年も憎み続けた仇敵が目の前にいるのに?
戦う?
この強大な魔力を前にどう戦えと?
分かっている。分かっているのだ。この男を前に逃げることも戦うことも許されてはいないのだと。
付け加えるならば、おそらく、戦って死ぬことも許されないだろう、と。
ならばみすみす屈するのか?世界も、仲間やダンナさんの無念も全部放り投げて膝を折るのか?
脳内の問いかけに、それだけはするかと絶叫する。
「なら、どうするの?」
葛藤を見透かしたような問いかけに、思わず肩が跳ねる。一歩後ずされば、「見ていれば分かるよ、」と馬鹿にした言葉。
「こんなに早くに、僕が会いに来るとは思ってなかった?」
「………。」
「いや、早いってことはないね。6年前のあの日からずっと、僕は君に会いたくて仕方なかったんだから。」
にこり。人の良い笑みに、虫唾が走る。その裏側の、醜悪な本性を知っているから。
「…ギンタを呼んだのは、君だね?ヴェストリで会ったよ。…やだなぁそんな怖い顔しないでよ、まだ何もしてないよ。」
「何が、…言いたい。」
それだけの言葉を発するのにも勇気を要して、どこまでも不甲斐ない自分が情けなく、腹立たしい。
喉がひりついて、痛い。
「お礼が言いたくて。いい子を呼んでくれたなって。彼はきっといい戦士になるよ。」
両の手を広げて大袈裟に喜んでみせる。否、実際喜んでいるのだろう。新しい玩具を見つけたことを。
どう遊んで―――どう壊そうか。残酷な思案を、奴はきっと笑顔で実行してみせる。
「全くもって頼りないがな。」
「そうだね。今はまだ頼りないけど、時間があれば彼はいくらでも力をつけ、僕と渡り合えるようになるだろう。…時間さえあれば、ね。」
強調された言葉に、意図を察する。分かりたくはない。冷静に情報を分析して回答を導きだすこの脳が憎い。
表情から奴も、自分が言いたいことが伝わったと思ったのだろう。ますますに上機嫌で言葉を紡ぐ。
「君は本当に賢いよね。話が早い。そう。彼が力をつけこの世界を”救う”には時間が必要だ。ウォーゲームという、時間がね。」
大勢で世界の各地を同時に襲撃されたらなす術はないが、ウォーゲームならばまだ対処のしようもある。ルールが前回通りならば休息もある。
「分かっているようだから手短に言おうか。…君が僕と一緒に来てくれるなら、前回通りウォーゲームを開催してあげる。断るならこのまま襲撃を続けさせるよ。浄化された世界で僕の手を取らなかったことを永遠に後悔すればいい。」
笑顔で。淀みなく言ってのける奴は、紛う事無き悪魔だと、今更ながらにそう思った。
言葉はこれで充分だとでもいうかのように、ファントムが手を差し出す。真っ直ぐに、真っ直ぐに、自分に向けられる、その白い手。
脳裏に、色んな顔が浮かんで消えた。彼らは自分のことを裏切り者だと思うだろうか。タトゥの誘惑に負けた臆病者だと罵るだろうか。
けれど、最終的にこの世界を守れるなら。これがその為の代価だというなら。
「…言っておくが、俺はお前のものになるつもりはないぞ。」
「分かってるよ。君はそういう子だものね。とりあえず一緒に来てくれただけで、今は満足かな。…今は、ね。」
髪を掻き上げてくる冷たい手が、怖い。死者の温度だと、アルヴィスは思う。
「どうやったら君が自分から『愛してます』って言ってくれるようになるかな。楽しみだな。」
目を閉じる。それにより一層手の冷たさを感じることになったが、上機嫌な奴の顔をこれ以上見ていたくなかった。
出来ることならば耳も塞いでしまいたい。閉じ篭ってしまいたい。…否、ここはもう、檻の中。
冷たく暗い、檻の中。
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あとがき。
さくらさまのリクエストで捕らわれアルちゃんでファンアルでした。
上機嫌なトム様を書けて楽しかったです。貴様はアルちゃんに謝れ。
(2011.01.20)