初めましてを始めましょう。





東の空が燃えている。振り返ってその様を視界に入れてしまって、戦人は盛大に舌打ちをした。
遠くに軍靴の音。あれだけ部隊を潰したってのにまだ追っ手がいやがるのか。今回は今までの襲撃とは訳が違う。
規模も、兵の練度も、何もかも。
「へっ、本気で潰しに来てやがるってか。…意外と暇なんだな、”教会”の奴らってのは。」
足を止めた主に先を行く少女たちが戸惑い振り向く。
「戦人様?」
「………ルシファー。ベアトは。」
「今頃は港かと。ロノウェ様が船の手はずを整えてくださっている筈です。」
戦人の視線は未だ不吉に赤く染まる空。遠く離れていても目を焼きそうに赤く赤く、燃え盛る。
「…お前達は先に行け。何がなんでもベアトを船に乗せろ。いいか。泣こうが喚こうが、だ。」
下された命令に少女たちが口々に抗議する。ベアトリーチェならばぶち切れて叫んだであろうその姦しい声に、けれど彼は振り向かない。
ただ一言。行け、と。その低い声に少女たちはおし黙るしかない。堪えた声でルシファーが一言だけを絞り出す。
「…どうか、ご無事で。」
「おう。・・・ああそうだ。こいつを、ベアトに。」
左手から投げられた指輪を受け取り握り締め少女たちが飛び去る。愛してるぜ、ベアト。戦人の独り言だけが静かに落ちた。


近づいてきたたくさんの足音が戦人を取り囲む。まるで追い詰めたとでもいうかのように。
勝利を確信する兵たちをぐるりと見渡して、戦人は口の端を吊り上げた。
(駄目だな、全然駄目だぜ。)
両の手に青いスティレットを顕現させながら地を駆ける。剣をかわし懐に潜り込んで十字架を模した優美な短剣を喉笛に突き立てる。
振り向きざまに後ろの兵の首を狙う。針のようなその切先が装甲を貫き首の横から串刺しにする。
刃を引きぬくことすらせずに崩れる死体を支点に魔女が飛ぶ。一人の肩に着地した時には彼の手には既に新たな二対のスティレットがあった。
一つを着地点にした兵の首の後ろに突き刺し飛び降りる。はしたなくしたなめずりをしながら獲物を見定める。黒の瞳がぎょろりと動く。
可哀相に、視線が合ってしまったのはまだ年若い兵だった。底知れぬ泥沼のような瞳に情けない悲鳴を上げながら斧を振りかぶる。
けれどその時には既に戦人は着地の勢いそのままに地面を蹴っていた。がら空きの喉に深々と切先を埋め込む。
そうして戦人がまた新たに刃を顕現させた頃には取り囲む兵たちは自分たちが狩られる側だということを知った。遠巻きに取り囲み弓を構える。
己を狙う無数の鏃にも彼が臆した様子はない。挑発するように指だけで来い、と示す。ぎりぎりと弦が引き絞られる音。けれどそれを制する声があった。
「ちょっと。どいてください。」
兵を掻き分け姿を現したのは可愛らしい少女だった。身の丈ほどもある大鎌を引き摺っていなければ良家のご令嬢にも見えたかもしれない。
返り血に濡れた戦人を頭の先から爪先まで見遣ってふん、と鼻を鳴らした。
「我が主の読み通りということですね。…貴方でしょう、右代宮戦人ってのは。」
「右代宮は余計だ。俺はあの家とはもう何の関係も無ぇ。」
背筋を駆け抜ける悪寒。目の前の少女に対する本能的な嫌悪に知らず目の下が引き攣った。
「関係無くはないでしょう。莫大な懸賞金まで掛けて貴方を探してるっていうのに。」
「はっ、最近の教会ってのは金欲しさに辺境の島までこんな軍隊を送ってきやがるのか?」
「まさか。」
逆手の短剣を握り締めると少女も半身を引いて鎌を構えた。凍りつきそうに張り詰めた空気。
「…初めまして。古戸ヱリカと申します。」
「…戦人だ。」
先に切りかかったのはどちらであったか。金属の高く鋭い音が二度三度と響いた。
小柄な体格にも関わらずヱリカの斬撃は重い。その一つ一つを小ぶりなスティレットで戦人は受け流していく。
スティレットと大鎌がぶつかり合いぎりりぎりりと軋んだ。刃越しに青と黒の視線が交差する。
「やっぱり。貴方、私と同じでしょう。人間であることに絶望して魔女になった同士でしょう。」
鎌で首筋を狙いながらけれど親しみのこもった視線で、声音でヱリカが言う。
「そうだがてめぇと一緒にすんな。俺は人んちに土足で上がりこんで荒らしまわって火ぃ付けたりしねぇ。」
「上層部は貴方が欲しいんですッて。私みたいに、魔女を狩る道具として貴方を使いたいんですって。どうです?良い子にしてるっていうんなら、
 手荒な真似はしませんけど?」
「冗談!」
左の剣で鎌を弾きすかさず右の剣を突き出す。体勢を崩したヱリカの喉元にそれは真ッ直ぐに突き刺さる、筈だった。

「ドラノール。」

背後で風を切る音に避けようとして避けきれなかった。脇腹に重い、鈍い衝撃。ヱリカの髪を掠ったそれは赤く輝く大剣だった。
ちょっと危ないじゃないですかドラノール。すみマセン標的が避けたものですカラ。そんなやりとりが遠くに聞こえる。
剣を引き抜かれて膝を付いた。急所は外しているがこれで先程までのように戦えと言われても無理だ。畜生。歪む視界に毒づく。
頬を手で包み込まれて見上げた先、ヱリカがにやにやと笑っている。質の悪い笑みにかろうじて握っていた右手の剣を突き刺してやろうとして、
手を思い切り踏みつけられた。ヱリカがドラノールと呼んだ少女だった。
「ほぉら。だから良い子にしてればよかったのにィ。…何ぼっと突っ立ってンですかドラノール。ほら、ちゃっちゃと拘束しちゃってください。
 もうこんな辺鄙な島に用はないのですし。さっさと帰還しますよ。我が主もお待ちかねでしょうし。」
「………。…了解デス。」
猫撫で声が気持ち悪い。頬に伝わる体温が気持ち悪い。逆月を描く青の目が気持ち悪い。
地面に叩き伏せられて拘束を受ける屈辱よりも目の前の魔女に対する嫌悪が先に立った。憎まれ口を叩こうとして口の端に滲む血を舐められた。吐きたい。
周りの司祭が転移の魔法を敷くその向こうに見知った金色が見えて、手を伸ばそうとして、名を呼ぼうとしてどちらも出来ずに。
そうして視界が白に染まる。



落ちていた短剣を手に取る。青く優美なそれはスティレット。慈悲の剣。
「……ふふ、」
無限を冠した魔女が笑う。嗤う。哂う。遠くで雷鳴が響いた。ぽつりぽつりと空が泣き、やがてそれはざあざあという号泣に変わった。
それでも魔女は、ベアトリーチェは笑う。稲光が彼女の横顔を照らした。引き攣った笑顔が、浮かんで消える。

呟いた言葉は、先ほどよりも近い雷鳴に紛れて消えた。



蒼のサイスとミセリコルデ





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あとがき。

☆補足☆
スティレット:短剣の一種。十字架のような形状で先端が尖っている。鎖帷子や鎧の隙間を狙って敵を突き刺すのに使うための武器。
タイトルの”ミセリコルデ”は英名。瀕死の重傷を負った騎士に止めを刺すために用いられたことから慈悲の意がある。(wikiより一部抜粋)


Q.はとさんそんな補足しなきゃならないほどマイナーな武器使っていいと思ってんの?
A.駄目だと思います。

(2011.07.13)





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