愛してあげる。ずっとずっと、愛してあげる。





うららかな陽の光が差し込む病室に音はない。眠る赤子と、それを抱く女と二人きりの其処には、ただただ静寂のみが満ちていた。
赤子は昼間であることなどお構いなしに深く深く眠っていた。だから女の言葉を赤子が聞くはずもない。
「あなたは可哀相な子ね。」
ぽつりと女が、明日夢が零した言葉はおよそ母が発するそれには程遠い。当然だ。彼女は、母では、ない。
「・・・可哀相な子ね。」
繰り返す。それでも明日夢は、うっすらと微笑んでいた。

留弗夫は絶対に気付かないと考えたのだろうか。だとしたら彼も相当に救えない。
いくら周囲を口止めしても、無駄だ。己の身体自身がよく知っている。この赤子は自分の子ではない。
だから可哀相。とてもとても、可哀相。
「本当のお母さんに抱いてもらえなくて。…可哀相ね。」
本来赤子をこんな風に抱くはずの女は誰だったのか。心当たりはあり過ぎるほどに存在したが、明日夢には一つの確信があった。
霧江といったか。留弗夫の片腕としていつも付き添っていた、いかにも頭の良さそうな。多分、彼女で間違いないだろう。
根拠を問われても上手く答えられない。ただ何となく、そう思っただけで。これが所謂女のカンというやつなのだろうか。
しかしそこまで分かっていながらも、明日夢にはこの赤子を手放す気は一欠けらも存在しなかった。
形だけの『妻』と、本当の母から引き離された『子』。全くもってお似合いじゃあないか。
この可哀相な子を精一杯愛してあげよう。いつも抱き締めていてあげよう。片時も離れず傍にいて、この子の唯一の味方でいてあげよう。
(これから私は、この子のために生きていくの。この子と二人で。)
赤子の額に頬を寄せる。小さな身体はとても温かかった。

留弗夫のことだ。いつになるかは分からないがきっと打ち明けるだろう。本当の母親が別にいることを。
けれど彼の本当の後悔は、その瞬間から始まるのだ。
自分を慈しみ育てた『母』と血が繋がらぬと知ったこの子はどうするだろうか。受け入れないだろう。反発するだろう。怒り狂うだろう。
打ち明けるのだってきっとこの子のためを思ってではない。己の身可愛さに。情けない人。
自分が仕出かしてしまったことを、一生をかけて懺悔し、そして贖罪し、なに一つ報われぬまま死んでいくといい。
明日夢にはその様が容易に想像できた。遠い先の未来図に笑みが知らず深くなる。


ノックも無しに、唐突にドアが開いた。勿論留弗夫だ。
当然のように病室に入ってきた彼は、いつもの飄々とした態度を崩していなかった。企みが上手くいったと腹の中で笑っているのだろうか。
だとしたらとんだお笑い草だ。けれど今はまだ、騙されていてやろう。優しい笑みを振りまいて、幸せな母親を演じてやろう。
そうしていつかあなたが自分の罪に耐え切れなくなった時。あなたは自分の子供に否定されるのよ。楽しみね。

―――ああ、ああ。本当に、馬鹿な人。



明日ではないいつかの夢という名の絶望をあなたに!!





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あとがき。

明治さまのリクエストでもし明日夢さんが戦人が自分の子供じゃないと知っていたら…な母子でした 明日夢さん一人称でごめんなさい
はとさんが書く明日夢さんは一体どこへ行こうとしているのか…
いつも通りの残念なヤンデルで申し訳もない…明治さまお待たせをいたしました

(2011.06.15)





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