千年の果てに彼が望んだ、たった一つ。
魔女はそれを叶えました。そしてこれからも、叶え続けるでしょう。
広いその部屋には、けれど家具は天蓋付きの大きなベッドが一つだけ。
大人が3人はゆうに寝られそうな豪華なベッドの上には、大小様々なぬいぐるみ。
犬がいて、猫がいる。ライオンがいれば、ペンギンもいる。現実の動物ばかりでなく、架空の動物もいる。
そんな彼らに埋もれるようにして、一人の青年が横たわっていた。
一見寝ているように見えるが、鮮やかな赤い髪とワイシャツ、そして首に嵌った同じ色の首輪が猟奇殺人の現場すら連想させた。
否、たとえどんなに息をしていたとしても。今彼は、死んでいた。この世界での死は、思考の停止それのみしか意味しない。
故に彼は今死んでいる。より正確に言葉を選ぶならば。…彼は今、殺されている。
不意に薄暗い部屋に、小さな光の珠が入り込む。よくよくみればそれは神々しく輝く黄金の蝶であることが分かった。
ひらり、ひらりと優雅に部屋を一周し、青年の横たわるベッドサイドまで飛んできたところで一際大きく輝き、弾けた。
蝶の姿が砕け散り、人の姿を形作る。ただしそれがニンゲンであるとは限らない。どんなにそれが美しい姿であっても。
だって彼女の名はベアトリーチェ。六軒島を支配する黄金の魔女。一人を無限に殺す残虐な魔女。
「良い子にしてたかァ、戦人〜?」
魔女の白い手が、戦人と呼ばれた青年の頬を撫でる。反応の無い彼に、けれど魔女は満足そうに笑う。
母親が子供にするように、前髪をそっとかき上げて額に一つ、口付けを落とす。啄ばむような、けれど全てを奪い去るような。
その口付けにようやっと、青年の指先が動いた。本当に本当に微かではあったけれど。
けれど今までの人形然とした彼のことを鑑みれば、それはオーバーな動きと言ってしまってもよかった。
「………、っ、……う、…………、」
次いで微かに零れ落ちた彼の呻き声に、魔女は驚いたように目を瞠る。二、三度瞬きをした後に、彼女はその稀代の美貌を醜く愉悦に歪めた。
血の気のない戦人の頬を両の手で包み、顔を覗き込む。遠目に見れば恋人に口付けを迫っているかのような光景であった。
ベアトリーチェの視線の先。薄く開いた戦人の目は黒く濁って酷く虚ろ。正に、死者の目そのもの。
「…何を考えることがある。そなたは認めたではないか。…魔女はいる、と。ならおとなしく閉じ込められておれば良いものを。
そなたの諦めの悪さは嫌というほど知っておるが、いやいや、本当に恐れ入る!」
くつくつと噛み殺しきれぬ笑いが漏れる。そっと彼の耳元へ顔を寄せ、吐息ごと注ぎ込むように囁く。
「何故今更抗う必要がある。そもそもそなたが言い出したことではないか。…この檻に。閉じ込められるのを望んだのは、そなたではないか。」
後半は悲しむような、哀れむような。色を付けるとするならば、薄青。そんな、声音。姦しいのが常の魔女からは考えられない程の、静かな呟き。
「だから妾は閉じ込めた。そなたを、この、永久(とこしえ)の檻に。なら素直に囲われているのが、囚人の責務であろう?」
ゲームを重ねた彼が望んだのは、ゲームの終焉。どんな形でもいい。どんな勝敗でもいい。ただただ終局だけを、彼は望み。
…そして、魔女も受け入れた。
幾度もの残虐なゲームを経た彼の心は限界に近かったのだ。…そしておそらくは、魔女のほうも。
「逃がさぬぞ。…そなたをここから出したら、またゲームが始まってしまう。始めなくてはいけなくなってしまう。」
繋ぎとめようとするかのように、ベアトリーチェが戦人の指に自らの指を絡める。愛し合う者同士がするように…深く…、深く。
「ゲームは、終わったのだ。」
その言葉は果たして眠る青年に向けたものか、それとも魔女自身に向けられたものか。それを知る術は最早存在しない。
―――猫箱は永遠に、閉ざされた。
それはひとつのエンドゲーム
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あとがき。
いじけさまから頂ました。「ベアバトで監禁もの」というリクエストでした。なんとも素敵なシチュに血湧き肉踊ったのですが、
如何せん書き手がはとさんではこれが限界でした。監禁っぽくなくない?というツッコミは甘んじて受け付けます。
多分ぬいぐるみに埋もれる戦人さまが書きたかっただけ。
いじけさま、素敵なリクエストありがとうございましたー!
(2010.03.12)