きっとこのまま、何処にも行けない。
いけないものだと分かっていた。明らかにそれは自分を、他人を、世界を破滅に導く力だと、分かっていた。
けれどそれは、とても甘く優しく自分を包み込んでくれた。
そして、何よりも。…それに縋るしか、自分を保つ方法が無かったのだ。
無数の鏡が散らばる虚空を見上げる。一点の光もない空間に飲み込まれそうな錯覚を覚え、視線を落とす。
しかし、そこもやはり漆黒。
まるであの男に食べられたみたいだ。ぼんやりと十代は思う。
否、正にここはあの男の腹の中に違いなかった。何者からも自分を守る、暖かな暗闇。
ここを暖かいと思うことこそあの男に毒されていることの証のような気もした。けれど、抜け出せない。
自分のためだけに用意された静かで暖かな海から、抜け出せない。
「…覇王、」
虚空に差し出した手が、不意にがちりと掴まれる。心臓が飛び上がるかと思うくらいの、冷たい冷たい金属の感触。
如何に今自分がぬるま湯に浸かっているか。そして彼のいる現実が如何に冷たく厳しいものか。
彼に触れる度、十代はそれを思い知らされるのだ。
「どうした。」
温度のない、低い声。人を屈伏させ征服する声だと、思う。元を辿れば自分の声だというのに。
そう。彼は覇王。全てを統べる者。
彼はもうすぐこの世の全てを手に入れる。きっと、そうなっては遅い。彼を止めなければいけない。彼は止められねばならない。
けれど誰が、どうやって?こんな強大な力を、どうやって打ち破ればいいというのか。
「…覇王、……俺……、俺、」
「俺から逃げたいのか?」
微かに口の端を上げて紡がれた言葉に、十代は絶句した。はっきりと自覚できていなかった思いを、どうして看破できたのか。
…愚問だ。彼は、自分なのだから。
「…望んだのは、お前だろう、十代?」
矢にもにた眼差しが、琥珀の瞳を射抜く。中に閉じ込めたものすら、砕こうとするかのように。
「手を差し伸べたのは、お前のほうだ、十代。…それを今更、手放すとでも?」
満月に似た金の目が、愉快そうに細められる。それはほんの僅かな変化だったけれど、十代にははっきりと感じられた。
―――あぁ、逃げられない。
身体から、力が抜けていく気がする。諦めという毒が、じわじわと全身に染み渡っていく。
そっと頬に添えられた手が、何故だろう、すごく暖かい。いつものように、鎧に覆われている筈なのに。
その温かみがどうしても欲しくて、手放せなくて。噛み締めるように十代は、そっと目を閉じた。
現実逃避DROWNING
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あとがき。
覇十も久々ですね。いくつかシチュは頂いてたんですが、書きやすいものだけでもおkです、とのことだったので、
覇王に依存したくないのに依存しちゃう十代、をチョイス。抜け出せない感を感じていただければ凄く嬉しいです。
それとタイトルはフィーリングでつけたので深く考えちゃ駄目です。
(2010.01.23)